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表恒匡・中村裕太2人展「裏山とタイル」(2010.10.19~31)を終えて
表恒匡・中村裕太2人展「裏山とタイル」(2010.10.19~31)を終えて

室内展示
室内展示
今回の展覧会について「元生活空間であった当ギャラリーの雰囲気、この場の空気を壊さないように展示しよう」と両作家の意見が合い制作が始まりました。作品の素材は住居で身近に使用されているガラスとタイルです。住居空間として使われていた時の記憶を思い出せそうな会場になりました。

タイルの資料
タイルの資料(中村裕太)

板間壁面作品
カラープリントを型板ガラスにマウント(表恒匡)とタイルの破片(中村裕太)

和室展示
和室展示
表恒匡さんは背戸(裏口)に裏山か迫る広島のご実家を写真撮影し、1970年代~80年代の型板ガラスにカラープリント写真をマウントした作品を板間と和室に展示。
窓ガラス越しに外の風景が優しく見えてる、ようにも感じる作品です。天候や時間の影響を受ながら、雨が降ったり、夕暮れだったり、不安だったりの中で「明日は晴れ!」の予報を待つことを楽しみながら生活する日々を想像しました。

本野邸1
作品 郊外住居工芸_本野邸(中村裕太)

本野邸2
庭の石畳奥に設置された作品は、苔の上に乗り出し、古いブロックやタイルを模型用石膏で接合しています。ブロック・タイルのスケールと建物のスケールの違いが奇妙にマッチして存在感があり、住んでみたいと思うのは実在する本野邸だからでしょうか? 
気になる本野邸の説明を少し。 
「本野精吾邸」(1924年)
耐震性・不燃性や建築の合理性を考慮した中村鎮式コンクリートブロックを採用した本野作品の最初の住宅。奇しくもこの前年に関東大震災があり、中村鎮式コンクリートブロック造が倒壊しなかったことを、本野は高く評価し、以後コラボレーションが始まったと言われています。ブロックをむき出しにして打放し風のテクスチャーを活かし、玄関脇の柱などにはレンガタイルなどをポイント的に採用しています。内部は生活動線の機能性を重視した平面構成になっています。深い軒や庇は、「日本インターナショナル建築会」の理念に直結しています。モダニズムを徹底し、風土を考慮した本野らしい住宅です。この建築は平成15年(2003)に「DOCOMOMO Japan100」に選ばれています。
以上、INAX REPORT 特集1生き続ける建築-3 モダニズム建築の先駆け「本野精吾」より抜粋引用しました。建築家・本野精吾の建物は本野邸以外に「西陣織物館(現・京都市考古資料館)」(1915年) 「京都高等工芸学校本館」(1930年)などが有名です。

中村裕太さんは京都精華大学陶芸コースを専攻し、器かオブジェかを選択する際に、他の選択肢を考え、形を持たないものとしての釉薬の質感だけで作品にならないかと考えているところに、「ピカッと釉薬が光るタイルに魅かれた」と伺い納得しました。
タイル作品を始めて今年で4年目、カケラからでも何か情報が得られるかもしれない古いタイルを使っての制作は今回が初めてです。今後工芸と建築を繋げるものはタイルである、とタイルへの興味は尽きないようです。
表恒匡さんは最近、プロのカメラマンとして独立し、美術作品や展覧会場の撮影に忙しくご活躍中です。自分の制作をする時間が少なくなって、ストレスが溜まらないかと心配して尋ねましたが、今のところは写真撮影の面白さにプロ意識が重なって制作より楽しそうでした。
私の世代は、30歳代頃に見たタイルやガラスに再会すると思わず「懐かしい!」と言ってしまいます。次世代の作家は、時間経過した素材を私達とは違う感覚で現代に持ちこみ、今ではない、30年前でもない別の新鮮なイメージから作品が生まれます。時にジェネレーションギャップを感じながらの二人展は、静かに深まる秋に似合った展覧会でした。
最後の締め括りは表恒匡さんと中村裕太さんの文章です。
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「展覧会を終えて」     表恒匡     
私は写真を使用して作品を制作しています。写真に、何が、どのように、写っているか、またどう写すか、について考え、また実際に自身の外部に興味を向け、カメラを使用しその対象の情報をフィルム/データに変換しその美しさや面白さに一喜一憂すること、よりも、写真そのものの成り立ちであったり物質としてそこにどのように在るか、もうひとつ言えばどのように写真では無くなりイメージとモノとしてそこに変換し存在させるか、の方に興味があります。たとえばカメラ機材なんか無くったって洞窟の光でも、イメージを取り出すのならそれの方がいいのかもしれません。有り難い事にカメラを使って人の作品を記録する事で生活させていただいていますが、自身毎日カメラを使って撮影している事とはどこか別の事として、何かモノを作ることを考えています。
今回の展示では
・展示する場所が住居の様な佇まいであり、
・タイルを使用した作家との二人での展示であり、
・たまたまその人との共通の興味が住居から山にかけての微妙な中間領域であったり、
で、建材の様なものにイメージを定着するような仕事がしたいと思いました。良い建材を探す途中、中村君のすすめもあり、古い型板硝子との出会いました。硝子の種類の多さ、意匠の素晴らしさに随分引っ張られ、自身の撮影したイメージとどう折り合いをつけるか/つけないか、が難しく感じられました。結果として、二人とも箸休めの様なお気楽、且つ変な展示が出来上がったと思っています。また三橋登美栄さんデザインの障子を使用させていただきました。これは古い家の間取りを基に作られているのですが、家の内と外との関係、玄関、背戸、等の名前の付け方から見える間取りのベクトル、など今後考えるべき事を随分発見させていただいたと思います。
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「郊外住居工芸」     中村裕太
―「郊外」という旗の下に生活してい、そこに住居を営んでいる人達の行動を対象とし、その行動のある面の活躍と見らるべき細工物、工作物、それらの有様を見、そしてその報告書を作る態度で私は今、この書き付ける仕事に着手しているのです。大工、左官、植木屋、人足その他いろいろの手をわずらわしたものでもいいし、素人の居住人が手を下したと見られるものでもいいから何か郊外にあるらしいものを私の好みの認定で集録して見た?。
 今和次郎は観察者として、関東大震災後の郊外の住宅地の柵、垣根、門といった細部をスケッチによって採集を試みた。今和次郎のこのような住宅の細部へのまなざしは、郊外住居という場における建材と居住人との出会いに向けられ、その関係性のなかで形成される素朴な工作物を「郊外住居工芸」と名付けたのである。
 本作ではこのような考察をふまえ、住居の肌理としてのタイル片を採集することからはじめ、住居と建材との仮設的な展示を試みた。

?.今和次郎「郊外住居工芸―素朴なるティクニックス―」『住宅』、住宅改良会、1926年1月


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11/11 11:38 | 展覧会
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