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大文字山 2020.2.24
大文字山(語る会の下見) 2020.2.24
(人見さん、竹内さん、三橋の3名)
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JR琵琶湖線膳所駅(8:14)→山科駅8:21→毘沙門堂→雨社大社10:15→大文字山頂上(12:00前)→昼食12:00~12:45→蹴上方向に下山→新島襄之墓→南禅寺→地下鉄東西線東山駅→山科駅(乗換)JR山科駅16:12→膳所駅16:19→帰宅 (15.2km 23,348歩)
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8時半、山科駅から徒歩開始。安祥寺川を見ながら毘沙門堂に向かいます。


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毘沙門堂は天台宗五箇室門跡のひとつで、高い寺格と鄙びた山寺の風情を伝える古刹です。ご本尊の毘沙門天は最澄の自作と伝えられています。

毘沙門堂駐車場から左手に墓地を見ながら舗装道路を登ります。
 
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この地点から舗装道と分かれて右折し、山道の登山開始→支尾根取り付き→鉄塔→滋賀県境尾根から雨社大社に向かいます。

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樹の幹に書かれた雨神社の矢印を確認。

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背の高いアセビの白い花が満開。沢山のアセビを眺められる馬酔木街道です。

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雨社大神
かつてはここに赤龍社、龍王社、龍王祠(りゅうおうのやしろ)、龍王宮などと呼ばれる社があり、それを継ぐものです。大山祇命などが祀られている、雨乞いのための社です。『京都坊目誌』によれば岡崎神社の末社。かつては如意寺の鎮守社でした。地図上では池ノ谷地蔵と如意ヶ嶽山頂の間に位置します。『昭和京都名所図会』によれば、1917年(大正6年)岡崎神社に遷されましたが、その後再興。如意越の中程より南に分け入ったところにあり、7月16日に例祭が行われているそうです。かつては周囲に大きな池が有ったそうですが、現在は小さな池と、かつての堤などが残るのみです。

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登山道に倒れた樹々は、登山者が通れるように切られているので通行可能です。

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風が吹くと倒れかけた木と木がぶつかり、上部で擦れ合う音が聞こえます。樹々の話し声のようです。

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今日は祭日のこともあり大文字山山頂(466m)は沢山のグループで大賑わい。私たちは山頂を遠慮し、広い木立の中で昼食のお弁当を広げました。その後、蹴上方向に下山します。

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若王子山の同志社墓地・新島襄の墓。静謐で厳かな空気が流れています。

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この同志社共葬墓は同志社にゆかりのある者や教職員が埋葬されています。(今年5月の納骨式に姉を埋葬)

IMG_2113.jpgイズセンリョウ

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アリドウシ(蟻通し)
鋭いトゲをもち、秋に赤い小さな実を付けます。名前はこのトゲが蟻をも突き通すという説と、実が翌年まで持つので「ありどおし」という説があります。このアリドオシの別名がイチリョウ(一両)。マンリョウ(万両)から始まり、センリョウ(千両)、カラタチバナ(百両)、ヤブコウジ(十両)と、おめでたい木の最後に位置づけられます。

地球温暖化による台風被害の倒木に心を痛めながらの下山途中、山の中で開発が進んでいました。新しく自動車道が作られ、その周辺の樹々は切り倒されていました。かつての山中の風景は消え去り、自然破壊が目の前に広がっていました。何のプロジェクトが動き出しているのか? 驚くばかりです!
大文字山のご案内をありがとうございました。(三橋登美栄)
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02/26 14:57 | 山歩き
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