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小谷山 2012年10月19日
小谷山 2012年10月19日
第352回「自然と語る会」小谷山に参加しました。(参加者11名)
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JR膳所駅8:01発→石山駅8:04着(新快速に乗り換え)8:07発→北陸線河毛9:18着→コミュニティーバスで小谷城戦国歴史資料館前着→登山開始→六坊跡11:00過ぎ→小谷山頂上・大獄(おおづく)城跡(標高495m)で昼食→山丸跡→清水神社14:00過ぎ→徒歩で河毛駅14:50着、JR河毛駅15:21発→膳所駅→帰宅
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今日はお天気も良く、約2ヶ月ぶりの嬉しい山歩きです。

長浜市・小谷山(おだにやま)の小谷城は、浅井家が3代にわたって居城としていました。築城は1524年ごろで、中世三大山城のひとつです。湖北の大名・浅井長政と織田信長の妹で戦国一の美女と言われたお市の方、その間に生まれた3人の娘・浅井三姉妹(茶々、初、江)ゆかりの城です。城跡からは琵琶湖や湖北の地を一望することができます。
織田信長との戦いで浅井家が滅んだ後、羽柴(豊臣)秀吉に与えられましたが、秀吉は今浜(いまはま)(現在の長浜)に城を築いたために、そのまま廃城となってしまいました。自然の地形を利用して、東西の尾根づたいに各郭が配置され、本丸、大広間跡などから建物の礎石が出土しました。最頂部の大獄にも土塁が残っています。清水谷には、平時における浅井氏と家臣たちの館跡があります。昭和12年(1937)、国の史跡に指定されています。

路線バス
河毛駅前から7人乗りの路線バス小谷山線に分乗。小谷城戦国歴史資料館前で下車すると、クマ出没注意の黄色い立て看板が目に入ります。2,3日前に熊が出たと聞きクマ除けの鈴を鳴らしながら、いつものように賑やかかにお喋りしながら元気に登ります。

アザミ
アザミ

シロダモ
シロダモ

キノコ
あちこちの枯れ木や倒木からキノコが生えます。

茶
徳勝地跡近くに咲く茶の花を見ていると、小谷城時代の面影を偲び、お市の方と茶々達3人の娘たちの生涯に思いをはせます。

新芽
水仙か何か球根植物の新芽

御屋敷跡
御屋敷跡
登山道に沿って、徳昌寺跡(浅井氏の菩提寺 曹洞宗)、御屋敷跡、三田村屋敷跡(浅井氏重臣三田村佐渡守の屋敷跡)大野木屋敷跡、六坊跡などの石柱や案内看板が立っています。

堅堀
堅堀
空堀の一種で、山の斜面に等高線に対して直角に掘られた空堀です。敵が山腹を横に移動するのを防いだり、敵が登ってくるのを防ぐのが目的です。

八畳岩
八畳岩

登山道1
登山道1

登山道2
登山道2
昔から使われていた道でしょうか、草木が生茂って荒涼とした風景が広がるところもあります。

ホツツジ
ホツツジ

ヤブコウジ
ヤブコウジ

伊吹山方面
伊吹山方面

コナラ
コナラ
コナラとミズナラはドングリの仲間で、よく間違えやすいですが大きな違いは葉のつき方です。コナラの葉は枝につく葉柄が長くはっきりしていますがミズナラは短いです。特に枝の先端などは葉柄が短く多数の葉が重なりあっています。

大嶽城跡
大嶽城跡
初代亮政が築城し、大永5年(1573年)8月12日に大嶽城は朝倉氏の援軍が守備していましたが、織田勢の攻撃を受けて落城しました。ここ小谷山の頂上でお弁当を広げてランチタイムです。

琵琶湖方面
琵琶湖方面
遠くの山本山、琵琶湖に浮かぶ竹生島などの眺望が開けるところもあります。

コウヤボウキ
コウヤボウキ

サルトリイバラ
冬には真っ赤になるサルトリイバラの実

小谷山
登ってきた小谷山・小谷城跡
400年以上前の戦国時代をそんなに遠い過去とは思わなくなりましたが、400年先の世界はとても遠く感じ、想像するのが難しいのは超スピードの現代社会のせいでしょう。今の自然環境が存続し、私の愛でる植物達が元気でありますよう願っています。

マルバルコウソウ
マルバルコウソウ(ヒルガオ科 )
熱帯アメリカ原産で、江戸時代に観賞用として持ち込まれ野性化した蔓性植物で、河毛駅まで歩く道沿いには、フェンスに上って沢山咲いています。

歴史上話題の小谷山に初めて登って納得し、(語る会からは2回目)心配していた熊に襲われることも無く全員無事に下山しました。楽しい一日をありがとうございました。


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10/26 01:13 | 山歩き
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