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Small MUSEUM 2009 展
「Small MUSEUM 2009」展(2010.1.6~18)を終えて

Roots works

洋室スペース 
展示作品は京都学園大学 アートギャラリー実習(2009年度)担当講師はアマノ雅広氏、受講生10人(船戸皓平、開田晋、高岸祐樹、紫芝和哉、宮崎券健太、畑山耕蔵、笈沼亮太、酒井一彰、濱野茜、森田剛史)で、モノクロ写真作品12点の展示です。
受講生は与えられたテーマ「Roots」に合わせて写真撮影し、この展覧会に参加出品します。彼等は現在活躍中のアーティストとの交流、展示スペースを提供するギャラリーの裏方の仕事や活動内容の理解などを体験できる貴重な機会になります。この企画は京都学園大学人間文化学部勤務・写真家のアマノ雅広氏で、今後もこの企画を継続し、学生達にはアートへの関心と興味が広がることを願っています。

庭スペース
パリ生まれスイス在住のメディアアーティスト、アンドレアス・クレシグ氏の作品です。

Andreas

以下、アンドレアス・クレシグ氏の文章です。
「RIMUN(リムン)」
この作品は、即興でエジプトの黒い石と日本の瓦を庭にインスタレーションしています。古い家に使用された瓦は、このギャラリーの建て替え前に残されたものになります。黒い石は、カイロの白砂漠で発見されたものです。石は乾燥を示し、瓦は雨(雪)のために作られています。またいくつかの石は、瓦の下に置き、いくつかの岩の上、石灯籠の内部にも配置しています。黒い石の大部分は、石畳、緑色の灯台と見立てるものの横、波の間に浮くイメージとして瓦を置いています。夜は、砂漠でそれら石を見つけるため、点灯するダイナモトーランプを使用することがあります。
( 褐鉄鉱、レモン、ライムそして“月”は、作品タイトル「Rimun」のインスピレーションワードとなります。)             アンドレアス・クレシグ

RIMUN
Rimun: an improvisation done with Egyptian stones and Japanese tiles arranged in a stone garden. The tiles were found in the backyard of the gallery, remain of an old house. The stones were found in a white desert, side of a dried out sea. The stones are used to dryness, the tiles are made for rain. During exhibition it might even snow. Some stones are placed under the tile. Some are placed on some rocks, one is placed inside the stone lantern. Most of the stones are placed on the tiles, as floating between waves, beside a squired milkyway green lighthouse. At night you may use a dynamo torch lamp to illuminate the stones, as I did use one to find them in the desert.
( Limonite, lemon, lime, and “moon” are words that inspired the title Rimun.)
Andreas KRESSIG

和室スペース
コンピューター・グラフィックスを学びに来日して14年目のマレーシア生まれ中国系人・陳 維錚(JuiChen TAN)氏の作品です。現在は現代美術作家・マルチアーティストで今回の作品はインスタレーションです。

JuiChen

水と油のライブ投影作品で、タイトルは「うつろい」です。
風を送って水と油の液体を緩やかに流動させ照明したものを和室に設置し、障子2枚に投影している状態を庭側から観ます。日中、夕暮、夜等によって見え方が随分変わります。水面に落とされた油滴は時間経過とともに淡く大きく変化し、成長する生命体のようにも、増殖する細胞のようにも見えます。停止できなく変化し続ける自然界や人間界のようにも感じ、広大な宇宙までも連想できます。
陳さんからは『コンクリートジャングルの塊の中での流動的な人々の出会いや別れ「流体都市」です』と伺いました。  陳さんのホームページもご覧ください。http://tanjc.net
以下2枚の写真撮影は陳さんです。

JuiChen

Small MUSEUM 3 space


「小さな美術館」と題した3つ空間を活用した展覧会をありがとうございました。
今後の皆さまのご活躍を願っています。

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01/28 22:07 | 展覧会
スペイン旅行&展覧会 2009.11.29~12.14
スペイン旅行&展覧会  2009年11月29日~12月14日(16日間)

11.29 京都→関西空港→OSAKA/KANNSAI→AMSTERDAM/SCHIPHOL→BARCELONA /AIRPORT Hotel CIUTAT DEL PRAT(一泊)
11.30 Barcelona→ Sainz Estacio→Catalunya→ランブラス通り→カサ・ミラ→Sainz→Girona Hotel Peninsular(3泊)
12.1 Girona Salt(展覧会場 搬入&展示) 
12.2 Girona→Figueres→ダリ美術館→Restaurant Duran→Girona Salt(パーティー)
12.3 Girona要塞散策→Sainz→Hotel MEDIUM PRISMA(3泊)→Catalunya(2回目)
12.4 バルセロナ現代美術館→カテドラル→モンセラット→カタローニャ広場
12.5 サグラダ・ファミリア聖堂→エルスポルショス(昼食)→ピカソ美術館→クワトロ・ガッツ(4GATS)(夕食)
12.6  Sants→Joanic→Marta Moncadeのアトリエ→グエル公園→Sants 駅14:00発→Atocha Renfe駅 17:20着→Hotel Florida Norte (1泊)
12.7 ソフィア王妃芸術センター→Madrid 17:05発→Granada駅21:41着(23:10延着)→ALXARES Hotel (2泊)
12.8 アルハンブラ宮殿 ナスル朝宮殿→ヌエバ広場→アルバイシン→レストランTRILLO DEL RECA(昼食)→洞窟のフラメンコ
12.9 ヌエバ広場→アルバイシン→サン・ニコラス広場→Estrellas de San Nicolas(昼食)→Granada駅18:00:45発→Atocha駅22:50着Hotel Florida Norte (2回目2泊)
12.10 プラド美術館→王立植物園→Chamartine駅(renfeビルバオ行きを予約)
12.11 Chamartine駅8:00発→Bilbao Abando駅12:52着→ホテルSpa Huse Jardines (1泊)→ビルバオ美術館→ビルバオ駅(別行動の3人お迎え)→ホテル
12.12 ビルバオ散策→グッゲンハイム美術館→路面電車でバスターミナル→Madrid→Hotel Florida Norte(3回目1泊)
12.13 MADRID/BARAJAS→AMSTERDAM/SCHIPHOL→
12.14 OSAKA/KANSAI→関西空港→京都→膳所

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Spain大好きな洋画家・MAIGO(※1)さんに誘われて Girona(バルセロナの北100km、鉄道で約一時間半 カタルーニャ語でジローナ、スペイン語でヘローナ)でのグループ展に参加した後、スペインを旅します。メンバーは染織作家EDATE(※2)さんご夫妻と墨の作家A-chan(※3)と遅れてSpain入りする夫の5人です。
11月29日
今日はギャラリー揺・企画展の最終日、翌日は後片付けなので、夫は12月1日出国になり、私一人で自宅を出発。JR膳所駅9:56発に乗り、京都駅でEDATE夫妻と合流、JR京都駅(はるか21号)10:45発→関西空港12:03着。関空で、A-chanと合流、KLM航空チェックインカウンターで搭乗手続きを済ませ、荷物を預けて、ワサビたっぷりの「わさびそば定食」(食事処・そじ坊)が今日の昼食です。これから16日間は日本食から離れ、スペイン料理が続くので血液ドロドロの私はコレステロール値の上昇が心配です。主治医と相談して旅行中はコレステロールを下げる薬(メバン10mg)一日一錠を通常の2倍服用します。
さて予定通りOSAKA/KANNSAI KL0868便13:35発→AMSTERDAM/SCHIPHOL 18:30着(所要時間約11時間半)KLM航空機に搭乗すると機内はほぼ満席で、狭い3列席に大きな外国人男性の3人並びの窮屈さは気の毒です。小柄な私は楽々で、おまけに乗ると条件反射のように眠くなり、機内食1回目Hotel Okuraの牛肉弁当を食べて眠り、2回目パスタ・サラダ・果物・ケーキを食べてまた眠ります。寝ている間にアムステルダム(現地時間17:47)に到着。
スキポール空港内のカフェ・テリアで、日本円支払いOKを確かめてから、ヘーゼルナッツ・パンナコッタとハーブティーを注文しました。ところがその支払いレジ前で、円からユーロの換算が難しいのか、2人の店員さんが相談しています。じっと待ちますが、この列に並ぶ人達も焦ることなくゆっくり過ごす様子は日本と違う文化を感じます。乗り継ぎでAMSTERDAM/SCHIPHOL KL1677便20:30発→BARCELONA /AIRPORT22:35着(所要時間約2時間) 到着後、Barcelona空港から今夜泊まるホテルに「ホテルの車でバルセロナ空港までお迎えをお願いできますか?」と尋ねますが、相手のスペイン語訛りの英語が聞き取れず「・・・?」 あきらめてバルセロナ空港からタクシーでホテルに向かいます。到着ホテルのカウンターで、先にスペイン入りしているMAIGOさんから「長旅お疲れ様!明日の待ち合わせ場所は・・・」と日本語のFaxを受け取り、異国にいる不安と緊張は和らぎ一安心。今夜はベッドの上で足を伸ばして旅の疲れを癒します。
11月30日
ホテルから徒歩10分、El Prat de Llobregat駅から地下鉄乗車に初チャレンジ。先ず券売機操作です。English表示を選び、均一料金・1人1.35ユーロのコインを投入、あちこちボタンを押して切符を購入して乗車。電車のドアーは自動開閉と思っている人はご注意。Barcelona地下鉄車両のドアーは手動開閉です。新しい車両は光っているボタンを押し、古い車両はハンドルレバーを動かします。自分で開けないとドアーは開きません。2つ目Sants Estacio駅で下車。

Barcelona Sants

駅のすぐ近くの両替所で10万円を723.8ユーロに両替。(1ユーロ=138.16円)駅に戻り、約束場所のConsigna(コインロッカー)前でMAIGOさんと今回の展覧会企画者のスペイン人Angelaさん夫妻に出会いホットします。スーツケースはスペイン人ご主人の車に預けて今夜宿泊するホテルに届けてくださるので身軽になりました。Angelaさんの案内で5人がSants駅から地下鉄に乗車。地下道の連絡通路では、忙しく行きかう通行人の中を弦楽器か管楽器かの演奏が大きく響いています。昔、映画「シャコンヌ」の映像に胸が詰まった記憶が甦ります。11号線7つ目Catalunya駅で下車。

bouquets

カタルーニア広場から港まで続くのが旧市街の目抜き通り・ランブラスです。プラタナスが植えられた遊歩道はいつも市民や観光客で賑わっています。様々な大道芸人に驚き、花屋で植物の種Brussels Sprouts(芽キャベツ)、Curly Kale(チリメンキャベツ)、Florence Fennel(フェンネル)、Cactus Variados(サボテン)を買います。

Picasso dessin

カテドラルのほぼ正面にある建築士会会館の壁画にピカソのデッサン画が描かれています。民族舞踊のサルナダや巨人人形ギガンデスなど、少年時代に見たカタルーニャの祭事を躍動感あるタッチで表現しています。
レイアール広場、サン・ジョセップ市場などを見てからRESTAURANT GALDRICで昼食。 メニューはスープ(ヒヨコ豆、ジャガイモ、人参) ウサギ肉にエスカルゴとポテトの付け合わせ、パン、オレンジジュースです。ちなみにこのスープはマドリッドの代表料理で肉、腸詰め、豆、野菜等を煮込んだcocido madrienc(コシード・マドリレーニョ)でした。お腹一杯なのにデザート・Mel i mato(メリマト)を注文。生チーズ(カッテージチーズ味)にたっぷりのハチミツがかかっています。どの料理も分量が多くてとても食べられず沢山残して勿体無いことです。

Casa Mila

食後、また元気を取り戻し散策再開。ガウディ建築のCasa Mila(カサミラ)では手荷物チェックを受けて入場、Maillol(マイヨール)展を見ました。ゆがんだ曲線を主張とするこの建物は、山がテーマ。屋上の煙突は山の尾根から突き出した峰々を表しているそうです。地下鉄でSants駅に戻り、renfe(スペイン国有鉄道会社)でGirona駅まで移動、Hotel Peninsularに到着。(3連泊) Avda.Sant Francesc,6-Carrer Nou,3 17001 GIRONA-SPAIN Tel(34)902 73 45 41 Fax(34)972 2104 92
12月1日
ホテルから展覧会場のSaltまでタクシーで行きます。この地域の道の広さには感心します。道の真ん中にとても広い歩道があり街路樹、ベンチ、アート作品が点在する中をベビーカーを押す家族連れや犬の散歩の人達がゆっくりくつろぎながら歩いている様子はまるで公園です。そして車道は歩道より狭くて両側に1車線ずつあります。

今回の展覧会の説明を少し。
展覧会名 ARTISTES JAPONESOS CONTEMPORANIS(日本現代アーティスト展)
会場 CASA DE CULTURA 《LES BERNARDES》 Consell Comarcal del Girones
住所 Carrer Major, 172・17190 Salt(Girona) Tel 972 23 46 95 Fax 972 40 07 37 
会期 2009年12月 1ヶ月間
出品者 日本人作家12名(スペイン在住1名)油彩、膠彩、墨、染織、型染め、その他

Narrow Lettuce

私の作品「狭いレタス」軸装3部作です。
マンション5Fの狭いベランダで育ったレタスをサラダにして食べ、収穫後は薹が立って高く伸び、花が咲き種を付けた綿毛は、風に吹かれて遠くまで広がる空へ飛び去ります。

スペイン人作家Angela Meraneaさんの純粋な好意と、スペイン大好きな日本人作家の熱意と惜しみない努力によって実現した展覧会です。Catalunya地方で開催することでアートを通じて両国の交流が始まり、若い作家達に広がれば、より大きな展覧会に成長することも可能かと今後を楽しみにしています。
展覧会場には10時前に到着。三階建の建物(公立文化センター)で、照明設備が良くないのが難点ですが、展示スペースは十分に広い空間です。すでに到着していた型染のお二人(EBIさん&MOROさん)と一緒に私達と会場のイザベラさん他10数名で展示作業開始。2階の広い空間に墨と4人の型染め作品をまとめて展示、1階の区切られた2部屋を墨と染織にそれぞれ個展形式に展示して、とても良く落ち着き、1階の広い空間に後の6人の作品がうまく納まって、それぞれに協力しながら、納得できる展示が進みます。大体の展示とその他の雑事が終わったのは夕方でした。

work & tomie

Gironaのホテルに戻り、7人が集まって昼食のお持ち帰り料理も足して夕食にしました。大勢で楽しく頂きながら、リーダーMAIGOさんからこの展覧会についての話やカタログ代についての説明を聞きました。
夜am00:30に夫より「無事バルセロナのホテルに到着した」と携帯電話に連絡が入り一安心。夫に「明日はrenfeでGirona駅(10:45発)からFigueres駅(11;29着)に移動するので同じ列車にSants駅(9:15発)から乗って!」と携帯電話で連絡します。うまく出会えない場合はFigueres駅できっと出会えるでしょう。

12月2日
A-chanとam6:45に朝の散歩に出かけましたが、この暗さは夜です。人通りは少なく危険な地区は避けて街灯のある広く明るい道を選んで歩きます。開店前の小売店内を掃除する人影、足早に早朝出勤と思われる人影等を見送りながら、徐々に夜が明けてくると、犬の散歩の人達等、通行人も増えてきます。オニャー川に沿って歩き、目印になるカテドラルに向かってさらに歩き、時には方向を見誤り、狭い迷路で迷い、8:15にホテルに戻り朝食。
昨夜に約束した列車に乗車するのですが、「祝日なので列車のダイヤが違う」とか「乗ってる列車の行く先で火事があったみたい」とか夫から不安な連絡が入っているので、「この列車内では出会えないか?」と思っているところに、隣の車両から入って来た夫の表情はJR琵琶湖線で出会ういつもと同じMINORUでした。私には4日振りに異国での再会・感動の一瞬なのですが!
Figueres駅では今回の展覧会でお世話になる通訳のKATOUさんのお出迎えを受け、Teatre Museu Dali(ダリ美術館)に案内して頂きます。
フランス国境に近いFigueresの町は、画家サルバドール・ダリの生地かつ終焉の地で、彼自身が創設に加わった美術館があることで知られています。スペイン内戦で破壊された劇場を修復して、1974年にダリ美術館としてオープンしました。 
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サルバドール・ダリの説明を少し。
サルバドール・ダリは1904年にスペインカタルーニャ地方のフィゲラスに生まれました。彼が生まれる一年前に彼の兄が亡くなり、両親はその名前を彼に付けました。ダリはマドリッドのサン・フェルナンド美術アカデミーに入学しますが、教師たちとの衝突で退学になり、その後1929年にシュールレアリズムグループの一員となりました。夢や無意識や非合理の世界を解放することにより新しい価値をつくりだそうとすることで、彼らは夢と現実が矛盾することなく1つの世界を形成するような超現実を実現しようとしました。しかし、1941年ダリはこのグループを追放されます。ダリは1929年にガラと出会い、 「彼女こそわが勝利、わが妻たる運命の女性であった。ガラよ、そなたは現実である」といって生涯を通じてガラを愛し続けました。そしてダリは独自の価値観を作品の中に展開し、時間、宗教、量子力学、遺伝子学などをモチーフにした作品を生み出しました。ダマシ絵的なダブルイメージを繰り返して使うことも大きな特徴です。1982年に妻ガラが亡くなると、拠りどころをなくしてしまい、翌年の“燕の尾”が生涯最後の作品となりました。ダリ自身は1989年にその生涯を閉じ、彼の出生地フィゲラスのダリ劇場美術館内にそのなきがらが埋葬されています。
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館内の印象に残る作品は、天井のドーム型とその形が横のガラスに写り蝿の眼に見えます。イカの墨で描いた絵はベートーベンの顔に見えます。アメリカの女優 メイ・ウエストのアパートと寝室が見える小さい穴(寝ている状態を見るには頭の中)は不思議です。天井絵はダリとガラの大きな足の裏を描き引き出しは逆向きです。カマンベール・チーズが溶けたような時計は様々時間を表し好きな時間を選びますが、本当の時間(時計)は蟻がはっています。中庭には黒いキャデラック(雨降りタクシー)が展示しています。
十分作品を堪能した後、ダリゆかりのHotel & Restaurant Duran(ドゥラン)で昼食。(13:50~16:20 @250~260ユーロ)メインディッシュにマグロのソテーを選びましたが私好みの味ではありません。
ゆっくりくつろいだ後、renfe Figueres駅17:17発→Girona駅17:45着 ホテルに戻り,
着替えて大急ぎでタクシーで展覧会場へ7時過ぎに到着。会場には既にAngelaさん手作りの料理がA-chanの展示スペースに並べられ、人々で賑わい始めています。それぞれ個人的に紹介されて作品の説明をしますが、カタルーニャ語「・・・・?」に困り笑顔で終わります。 でも中には、「サインしてください」「来年バルセロナ大学の芸術方面に進学します」と片言の日本語で話しかけてくる高校生や、彼女の日本語の先生にも出会い、もっと日本文化を紹介したい気持ちになりました。またスペイン人の知人Martaさんの友人ビデオアーティスト Carlus Canps(カルロス・カムス)さんに偶然出会えました。
12月3日
Gironaのホテル(私は3泊、夫は1泊)をチェックアウト。

sendan

この街の街路樹・センダンの黄色い実は大きくて数も多く美しいです。9:15~11:15はGironaの街を見渡せる要塞の上を散歩。私達7人(型染のお二人も参加)以外に観光客は無く、はるか遠くの山並みの向こうは「フランス?」と空を見上げ、近くには猫、犬、放し飼いの鶏を見つけて遊び、天に伸びる糸杉、緑が美しいキヅタを眺めて楽しみ、この街の人達の日常生活を想像しながらの爽やかな2時間は、Gironaにもう一度訪れたい気持ちになります。

ivy

もしも叶うなら、MAIGOさんが足を踏み入れた旧ユダヤ人居住地区「ラ・フォルサ」や季節によっては花々が咲き乱れる「ユダヤ教会」の中庭に行ってみたいです。
renfe Girona駅12:17発→Sants駅13:45に到着して、駅から夫の道案内でホテルまで徒歩15分ですが、私のスーツケースは古くて重くて一汗です。やれやれ到着しますが、ホテルの部屋の狭さに驚きます。備え付けのダブルベッドと冷蔵庫とテレビでほぼ一杯のスペースに、スーツケース2個を大きく広げることはできず、スーツケースはベッドの下に、雑事はベッドの上で、本読みは明るい浴室の中で、と工夫を凝らして我慢の3連泊になります。そのうえ、部屋中に洗濯物を干すとますます狭く感じます。部屋を脱出してSants駅に戻り、駅内のCafeteriaでセルフサービスの昼食。魚酢漬け、鶏肉、ポーク、サラダ、豆、マッシュポテト、オレンジジュース、パンを取り過ぎて、また分量が多くて食べきれません.(二人分23.75ユーロ)
陽も少し傾く頃16:40に食べ終わり、予定していたグエル邸見学を止めて、再度Catalunyaに行きます。ランブラス通りにイルミネーションが灯りクリスマスの雰囲気で盛り上がっています。夜のBarcelonaを楽しんで地下鉄でSants駅に戻りますが、出口を間違い、地上で方向を見失って暗い街を彷徨い、人に尋ねますがさらに迷い、逆行してSants駅に向かったりして、足が痛くなるまで歩いてホテルに戻りました。今晩は狭い部屋で寝苦しい夜です。
12月4日
ホテルを9:30に出発→バス→Santse駅→Catalunya駅→バルセロナ現代美術館。
通称「マクバMACBA」と呼ばれ、1995年に開館。斬新なデザインの建築は、アメリカ人建築家リチャード・マイヤーによるもので、1950年以降の作品を中心に、半分はマクバ所蔵の常設展示、それ以外は半年ごとに大きく替えられます。モーリス・ルイスやアントニー・タピエスの収集が充実していて、初めて観る作品も沢山ありました。印象に残った作家はGEGO。針金状の金属線をジャングルジム風に不安定な形に接続した立体作品です。Gego(ガートルードゴルトシュミット) ドイツ出身のベネズエラ人 (1912~1994)です。http://www.moma.org/collection/artist.php?artist_id=2107
 
13:50からCatedral(カテドラル)を見学。(@5ユーロ)
バルセロナが隆盛を極めていた13~15世紀に建て始めて、完成までに約150年かかり、その後もたびたび手が加えられ、現在の姿になったのは20世紀になってからだそうです。中に入ると正面に中央祭壇があり、その地下にはバルセロナの守護聖女サンタ・エウラリアが眠っていて、道内両側には礼拝堂がずらりと並び、一番気に入ったお堂に献金し明かりを灯しました。
15:00~18:15 モンセラット(バスツアー)
今日は4連休前日で交通渋滞を気にしながら、バスはピレネー山脈の方に向かってアーモンド畑の中を走ります。モンセラットは別名「のこぎり山」とも呼ばれる岩山で、あのサグラダ・ファミリアのモデルとも言われ、その岩がそびえ立つ風景は何とも不思議な印象を受けます。標高1,235mのこの岩山の中腹には11世紀に修道院が建設され、以来、スペイン北西部カタルーニャ地方の人々のマリア信仰の聖地となっています。ここの岩は水圧によって押しつぶされた石が固まった「レキ岩」とガイドさんに聞きました。

sunset clouds

17:40 赤い夕焼け雲を右手に見ながらカタルーニアへ帰ります。カタルーニア広場横のデパートでスーツケースSamsonite (185ユーロ)を購入後、最上階のレストランで夕食。(牛肉煮込み、サラダ、パン、オレンジジュース、ケーキ)スペイン料理の味付けや分量には少し慣れてきました。食後にホテルに戻るのは、地下鉄CatalunyaからSantsでバスに乗って「今日は楽勝!」のはずなのに信じられません! ホテルのすぐ前で下車していながら、ず~っと遠くの先まで歩き、これは変だとバックして今夜も大失敗です。これだけ何度も同じ所で迷う人達は珍しいです。
12月5日
バス停Josep Tarradellas Gelabert駅 →地下鉄Sants駅(9:50)→Sagrada Familia駅(5つ目)で下車すると、目の前にサグラダ・ファミリア聖堂(入場料 11ユーロ)がせまってくる中、センダンの黄色い実やブーゲンビリアのピンクの花が元気に沢山咲いています。

Sagrada Familia

この聖堂は1882年に着工、翌1883年には初代建築家ビリャールからガウディに引き継がれ、ガウディが完成させたのは、この教会東側の「生誕のサファード」とその4本の鐘楼。西側の「受難のサファード」は、ガウディの死後に建設されたものです。(今から約20年後完成時には18本の塔がそびえる予定)

sparal staircase

エレベーターで塔に上がりバルセロナの町を眺めます。鐘楼のらせん階段を降りる途中にいくつもある石の窓からは建築中の様子や彩色モザイクで飾られた造形物が間近に見えます。建築中の足場がそびえる工事現場で働く人々の作業風景を見た時の感動は、展覧会期中に作家の制作風景を見る時以上の強い迫力を感じます。

Sagrada Familia scaffolding

聖堂のすぐ近くのタパス料理店 Els Porxos(エルス・ポルショス)で昼食(12:30~13:40)。タパスは小皿料理の意味ですが私達には大皿に大盛りの料理です。オリーブ、ハモン・イベロ、チョリン(セミドライソーセージ)、ガンバス・アル・アヒーリョ(芝エビ煮込み)、ブルボ・ア・ラ・ガシェーカ(茹タコ ポテト)、チョピートス・フリートス(ホタルイカ揚げ)とワインで、お腹一杯食べました。

launch

地下鉄Sagrada Familia駅→La Pau→Jaume駅で下車。
バルセロナ在住のスペイン人Marta Montcadaさんとは約8カ月振りの再会で、ゴシック地区を案内して頂きます。500年前にコロンブスがアメリカに出発した広場や、2000年前の通りバルシーノ(今のバルセロナ)を見ました。カタロルーニャの旗は大地を表す黄色地に、守護聖人サン・ジョルディがドラゴンと戦った時の血を表すという赤の4本線のデザインだとMartaが説明してくれました。
地下鉄4号線Jaume駅から歩いて10分くらいのところに中世の雰囲気を残した建物が立ち並ぶゴシック地区の中にあるMUSEO PICASSO(ピカソ美術館)に行きます。ゴシック様式の建物で、15世紀の貴族の館をバルセロナ市が改装して1963年にピカソ美術館としてオープン。この美術館の展示作品の多くは、ピカソの家族やピカソ自身が寄贈した作品で、幼少期から20代初期の無名時代の作品と晩年の作品が展示されています。10代の頃の代表作「科学と慈悲」「初聖体拝受」など、独特の繊細な絵のタッチはピカソの早熟な才能を印象付けます。美術館内で夫は足が痛くなり車椅子を借りました。特に今日は沢山歩き過ぎたことを深く反省しながら「楽やな~」と言う夫の車椅子を押します。 19:30ピカソ美術館を後に、サンタ・マリア・ダル・マル教会からMartaの作品が展示されている家具雑貨店を見てからタクシーで4GATS(クワトロ・ガッツ)に行って夕食です。(21:30~22:40 6人108.28ユーロ) 

4Gats

若き日のピカソが通ったアーティストの溜まり場を1897年にオープンしましたが、店はわずか6年で閉店。そしてピカソ生誕100年を記念して復活した有名なお店なので今日も満席状態のところをMartaさんのお陰で店内に入り、食事を楽しむ事ができました。
12月6日
ホテルをチェックアウトして9:00に出発。地下鉄Sants駅→5号線→Ver doguer→4号線4っ目→Joanicで下車してMartaのアトリエを訪問します。(9:50~10:50) Martaのお祖父さんのファッション関係仕事の建物だったものを、今はアトリエと住居として使われています。Martaの大量の版画、陶、彫刻を拝見、次にベランダを通ってMartaのお父さんJoan Montcadaさんのアトリエを訪問。スケッチ、ドローイング「森のシリーズ」を拝見しました。ベランダの日時計はとても楽しい作品です。またこのアトリエを訪問できる機会が来ますようにと願かけて、小さいバスに乗ってグエル公園に行きます。

Park Guell

4連休2日目の今日は、正面大階段では人々がモザイク模様に見えるくらい観光客で一杯です。中央広場は「ギリシャ劇場」と名付けられ、人体から断面の形が決められたという有名なスタイルのベンチに縁どられています。大変お世話になったMartaさんに感謝し再会を約束して別れ、(12:00)私達はマドリッドに移動します。タクシー→地下鉄Diagnal駅(ディアゴナール)→5号線→Sants Estacioe駅14:00発→renfe AVE→Atocha Renfe駅(アトーチャ) 17:20着。
列車からの風景は、時々人家と畑地、時に風力発電用風車が見られる以外は、ほとんど砂漠のような砂地か荒地です。アトーチャ駅→地下鉄3つ目→Sol(ソル)→2号線→Opera(オペラ)→renfe1つ目→Principe Pio駅で下車、すぐ目の前のHotel Florida Norte に到着。おおきなスーツケースを持っての移動を考えるとホテルは駅のすぐ近くが本当に楽です。
夕食はホテルEDATEさんご夫妻の部屋でお手持ちのおこげスープ、カップラーメンに加えて近くて買ったオリーブ、茄子料理、パンなどを美味しく頂きます。デザートは本格的和風・A-chan持参のとらやの羊羹「空の旅」と抹茶でほっこりし、おまけに夫はA-chanのマッサージ付きで足の痛みも和らぎ今夜はぐっすり寝られるでしょう。皆さん本当にありがとう!このホテルに9日の宿泊を予約すると直接交渉なので安くなり嬉しいです。

今回、出国前に日本でSpain Eurail Pass 10日47,000を購入。列車renfeは乗り放題で移動距離が多いから「お得」と勧められましたが、予約窓口の複雑さ(長い行列に並ぶか予約券を取る)、座席の予約と追加料金、混雑日は満席で乗車拒否、乗車前に荷物検査、地方によっては一日1便~2便等で、何回も予定通りに乗車出来ずに、最高8時間待ちの事もあり、その日のスケジュールを変更したり、renfeをあきらめてバスに変えたりして、十分にSpain Eurail Passを使えませんでした。 Renfe利用の場合はホームページ で事前にしっかりチェックが必要です。http://www.renfe.es/ 
12月7日
1日2本運行のマドリッド9:05発→グラナダ13:42着は満席で予約出来ずマドリッド・アトーチャ17:05発→グラナダ21:41着を予約して、8時間待ちの間にソフィア王妃芸術センターに行きます(10:00~14:30) ここは主に20世紀の現代アートで、2階と4階の広い空間に有名なピカソの「ゲルニカGuernica」を始め、ベーコン、サム・フランシス、マーク・ロスコ、ダリ、ミロ、タピエス、フォンタナなどの作品が贅沢に展示されています。3階の企画はFRANCESCO LO SAVIO展でした。美術館の建物の真ん中は公園のように広い中庭で、リチャード・セラの立体作品があり、大きいなオリーブの実が沢山落ちていました。
やっとの思いでマドリッド17:05発→グラナダ21:41着に乗りますが、途中ゆっくり走ったり、ANTEQUERA駅では長く停車したりで、遅れる説明もないまま、とても小さなグラナダ駅に23:10到着(約1時間半延着)。タクシーでアルハンブラ宮殿のすぐ近くのALXARES Hotelに到着 (2泊)
12月8日
アルハンブラ宮殿のチケット当日券は8:00から窓口で売り出されるが、昼前には売切れてしまうことが多いので朝一番に並ぶようにとホテルの人に教えられて、暗い中7:00にホテルを出て、チケット窓口の行列に並び9:00入場のチケット(料金1人12ユーロ)5人分を手にしてから朝食です。朝食後ゆっくりしてあちこち散策しながら、10時も過ぎた頃にナルス朝宮殿入場の列に並びましたが入場できません。このチケットは「時間内であればいつでも敷地内には入場できるが、ナルス朝宮殿のみ30分ごとの入場制限がありチケットに明記されている時間内に入場しないと無効になります」と知りました。私達は9:00~9:30のみ入場有効なのでナルス朝宮殿には入場できずに、再度窓口でチケットを購入しました。購入時に説明がありましたが私が英語を聞き取れずに起きた悲しい出来事です。皆さんごめんなさい!入場料金は2倍の24ユーロも支払ったことになります。「当日チケット売切れ!」でなかったのが不幸中の幸いで、気持ちを取りなおし、もう一度丁寧に花壇を見ると、カンナ、サルビア、インパチェンス、ザクロ、バラ、ロウバイ、スターチスの花々が沢山咲いていて冬とは思えません。さていよいよ13:30の予約チケットを手に入場しました。(13:30~14:40)

Alhambra   Patio de la Acequia

美しい庭園にたたずむ夏の離宮
アセキアの中庭(Patio de la Acequia)は細長い池を囲むように花壇、噴水、柱廊が設けられています。アンダルシア地方におけるイスラム建築において、もっとも保存状態がいいものの1つです。

Alhambra   Patio de Arrayanes

水鏡に映し出されるアラヤネスのパティオ(Patio de Arrayanes)(天人花の庭)
砂漠の多い地域で生まれたイスラムでは建築に水を実に巧みに取り込みます。
天井の鍾乳石飾りが見事な二姉妹の間を仰ぎ見て、あまりの美しさに息を呑むくらいです。
アルハンブラ宮殿を出て、ヌエバ広場からアルバイシンへ行きます。
ここは、11世紀頃にイスラム教徒によって築かれた、グラナダ最古の街並みが残る地区です。キリスト教徒によるグラナダ陥落の際には、アベン・ウメヤに指揮されたモーロ人の抵抗の砦となり、白壁と石畳はおびただしい流血に染められたといいます。敵の侵入を防ぐ城郭都市として造られたため、道は迷路のように入り組み、方向感覚を失わせます。

cat

そこで素敵なレストランを見つけて昼食です(16:00~17:00)アボガドと海老、ホウレン草サラダ、インゲンのシチュー、カレー味のクスクス、赤パプリカのピーナッツソースかけ、それにビール、オレンジジュースを頂きました。食後の散策は、白く輝くシェラ・ネバダ山脈をバックにアルハンブラ宮殿を眺めながら石段を上ったり下がったり、白壁の家々を見ながら楽しみます。
夜はグラナダ・ナイトツアーCueva de la Rocio洞窟のフラメンコショーに行きす。アーチ型の天井一面に、銅製のオタマとパエージャ鍋が吊り下がり、ギターと手拍子、カスタネット、唄、靴の音が鳴り響きく中、情熱のフラメンコ・ダンスを観ます。帰る途中に、サン・ニコラス展望台からアルハンブラ宮殿の夜景見物のオマケ付きです。
12月9日
9日,10日は3人と別行動になり夫とゆっくりと旅をします。今日はマドリッドまで移動の予定ですが、道路渋滞のため、Granada 9:45発→Madrido 14:29着のrenfeに乗れずに、18:00:45発→22:50着のrenfeを再予約しました。列車は1日2本運行、これから約8時間待ちは、もう一度アルバイシンを訪れることにします。
Albaicinはグラナダにある丘陵地区で、1984年にアルハンブラやヘネラリーフェとともに世界遺産に指定されているので、景観保護のために、建築が制限されていて、昔ながらの街並みを維持しています。

restaurant

高台にあるサンニコラス展望台横のレストラン・Estrellas de San Nicolasでゆっくり美味しい昼食時間を過ごします。(13:00~14:30)客は私達だけ、広い窓からはシェラ・ネバダ山脈とアルハンブラ宮殿がとてもよく見えます。renfeに乗り遅れて良かったね、と言いながら、メニューはオニオンスープ&ヤギチーズのせパン、サラダ(トマト、レタス、クルミ)パンの上にホアグラソテー、リンゴ、アプリコットのせ、デザート、コーヒー、ビール、オレンジジュースで満足です。

foie gras

食後の散歩でアルバイシンの狭い通りを歩いていると路線バスに出会い、白い壁にくっ付いて避けたり、様々な家が密集する町並みを知らぬ間にまた沢山歩き過ぎます。Jardines del Turinfo(トウリンフォ公園)のベンチでしばしの休息、昼寝をしてから、バスでグラナダ駅に戻り4時間半の列車移動後、11:15マドリッドのホテルに到着。3日分の洗濯をしてam1:30に就寝。
12月10日
今朝はゆっくり9:30にホテルを出発。地下鉄Principe Poi→Opera→Sol→Atocha→Museo Nacional del Prado(プラド美術館)(10:50~13:15)
プラド美術館はスペイン王室の美術コレクション約300点を中心に1819年に開館。現在では3万点以上の絵画や彫刻を所蔵するヨーロッパでも屈指の美術館です。18世紀スペインを代表する建築家、ファン・デ・ビリャヌエバによる新古典様式の建物は重厚さの中にも端正な気品が漂っています。エル・グレコ、ベラスケス、ゴヤの3大巨匠は必見で、またティツィアーノ、ボッシュ、ルーベンスなどの作品も充実しています。ゴヤの縦長小作品で、下の方にイヌの左向き横顔が覗く絵が印象に残りました。館内では模写している人をよく見かけますが、目立たない服装をしている心配りが伝わります。
すぐ隣のReal Jardin Botanico(王立植物園)(13:30~14:40)に入館。フェルナンド6世の命によって1755年に造られた植物園で1774年にこの場所に移されました。

a tree in fruit

花はほとんど無い落ち着いた冬の植物園ですが、大きな樹々と直線に刈った植物の縁取りに日本との違いを感じます。植物の植え替え作業中の職員の方々も居られました。ポトポトと香りのある実が落ちてくる大木を見つけました。名前はEHRETIA DICKSONII var. JAPONICA JAPONです。売店で種を3袋購入RED LANTERN (ホウズキ) CAPERS(ケイパー) IPOMEA RUBRO COERULEA BLUE(ソライロアサガオ?) これらは、日本で育つでしょうか? 

a tree-Lined road

ここの道路も素晴らしいです。歩道・並木の歩道・5車線の車道・センターの並木歩道・5車線の車道・並木の歩道・歩道です。7列の道路がとても街の風景を美しくしています。休憩して次の美術館は何処にしようかなと捜しているところに、ビルバオ行きのrenfeはAtocha駅からではなくて、初めての駅Chamartineから乗車ということに気づき予約を兼ねて下見に行きます。ここでまた、窓口行列の予約番号を取り長く待ってから、翌日renfe予約をします。やっとChamartine駅8:00発→Bilbao Abando駅12:52着renfe乗車予約完了。別行動の3人と合流して3人分のChamartine駅16:10発→Bilbao Abando駅21:11着renfe乗車予約もOKで一安心です。地下鉄Chamartine→10号線7つ目→Principe Po下車、ホテルに戻ります。
12月11日
6:00に起床。あーちゃんのお見送りを受け、朝食抜きでホテルを出発(6:30)。今日は予定通りRenfe AVEに乗車できました。最初の停車行駅(9時過ぎ)では、うす暗く濃霧の中を行きかう人々のシルエットが霞んで見えます。昨夜からの喉痛、咳に加えて、鼻水と頭痛に我慢できずバファリンを1錠飲みました(10:00) 2つ目の駅を過ぎる頃からは霧の中から月のように白い太陽が見え出し、Burgos駅(ブルゴス)(10:36)でやっと明るく太陽が輝きました。飛行機雲が縦横斜め多方向に見えます。こんなに沢山の飛行機がすれ違ってよく衝突しないものだと感心します。さてBilbao Abando駅に到着して泊まるホテル捜しですが、駅の案内地図を参考に、本の地図を片手に歩き始め、不安になって人に尋ねても見当たらず、また違う人に尋ねて親切に連れてってもらってもホテルは無く、疲れて駅に戻りました。タクシーに乗って着いたホテルは捜し歩いたのと反対方向で駅から徒歩数分の距離です。約1時間半も迷子になっていました。ホテルSpa Husa ardubines De Albia (1泊) は2001年オープンでスパ、フィットネスジム、プールなど設備が整っています。14:40にチェックイン後、明日の下見を兼ねて外出します。Museo Guggenheim(フッゲンハイム美術館)は明日、皆で一緒に入館するので、今日はビルバオ川沿いの遊歩道に設置しているオブ
ジェと前衛的な建物を外から観賞。ピカソ作「アコーディオン奏者」に想を得たチタニューム仕上げの屋根が夕日を受けて輝きます。

Spider

Louise Bourgeois(ルイーズ・ブルジョワ)(1911~)「Maman」高さ約9mの蜘蛛


Puppy

Jeff Koons(ジェフ・クーンズ)(1955~)子犬「パピー」高さ12.4m

次に、Museo de Bellas Artes de Bilbao(ビルバオ美術館)をあちこち捜して入館。旧館と新館があり、旧館にはロマネスクの壁画、エル・グレコ、スルバラン、リベーラ、モラレななど12~17世紀のスペイン派の絵画などが、また新館にはスペイン現代絵画のコレクションが展示されています。館内でティータイムしてショップでお土産用のマーブル色鉛筆15本購入(@2.25ユーロ)一旦ホテルに戻り休憩してから(18:30~19:00) 夜の町を散策と夕食。Abando駅21:11着の3人を出迎えてから、明日の夕方のrenfeAVE予約窓口に行くが、明日・土曜日は1日1本朝8時代だけと知り、バスでマドリッドに移動することに決めます。
12月12日
7:00起床。外はまだ暗いので朝の散歩は止めて、ホテル内のフィットネスジムを思いつきますが、ここも閉まっていてダメです。ゆっくりと食事をした後、ビルバオ川に沿って散策(9:00~10:40)世界遺産に登録されているビスカヤ橋を捜すが見つからず、珍しい形の植物の種を拾って、公園で遊んでからグッゲンハイム美術館に入館(10:40~13:10)ジャクソン・ポロック、ピカソ、モジリアニ、アレクサンダー・カルダー、ジョアン・ミロ、シャガールなどを見ました。

Richard Serra

そして一番印象に残るのは、Richard Serra(リチャード・セラ)の恒久展示作品です。巨大な金属彫刻Snake(ヘビ)の隙間を彷徨いながら分厚い鋼鉄の圧倒間を体験します。企画は、Frank Lloyd Wright(フランク・ロイド・ライト)による64のプロジェクトの展示です。館内レストランで昼食13:15~13:45(ツナサンド、サーディンサンド、オレンジジュース)
ニューヨークのグッゲンハイム美術館が有名ですが、これを管理する団体、グッゲンハイム財団がスペインのビルバオに斬新な形の「グッゲンハイム美術館ビルバオ」を作りました。設計者はアメリカ人建築家フランク・ゲーリーです。このお陰でビルバオは有名になりまさにアートによる町起しです。ビルバオ市は、この辺り一帯の再開発を進行中で、隣には建築中の広い敷地があります。

streetcar

Eusko Tranと名付けられたビルバオ路面電車は公共交通網の一環として整備されたもので、緑の芝生の中に線路が通ります。この電車にGuggenheim駅から乗って、5つ目Basurto駅で下車(@1.2ユーロ) バスターミナルに行き長距離バスALSA社のチケット売り場Todayの列に並んでビルバオ15:00発→マドリッド19:45着(@27.17ユーロ)を購入。マドリッド到着後、地下鉄Avda de America(アベニーダ・アメリカ)→7号線→Gregorio Maranon(グレゴリオ・マラノン)→10号線→Principe Pio→ホテル着20:25(3回目1泊) EDATEさんご夫妻の部屋に5人集まって旅行最後の晩餐会&お茶会です(9:00~11:00) 年齢の割に気の若い私達のハードな旅もほぼ今日で終り。腰痛、脚痛、風邪も大分軽くなり、思い出深い良い旅ができたのは5人のチームワークのお陰だと感謝しています。皆さん本当にありがとう! 後は乗り継ぎ、乗り継ぎして帰国の途につきます。
12月13日
7:00起床、8:00朝食、8:30~9:20散歩。まだうす暗い中を歩きようやく明ける風景は美しいのですが川沿いの道は工事中。ホテル・チェックアウト9:30
地下鉄Primcipe Pio→10号線5つ目→Nuevos Ministerios→8号線6つ目→Aeropueto
スキポール空港の搭乗前のボディーチェックはとても厳しいです。リュック内部をチェック、衣服のポケットの中までチェックして、透明カプセル状に入り両手を頭の上に上げるとセンサーがクルクル回りチェック。(全身透けて見えるようです) 無事通過してからは、ショッピング(オリーブオイル2瓶、サフラン2個、キャンディー2缶、チョコレート3箱)して、搭乗口近くで軽く昼食(12:05~12:25)を済ませてやっと搭乗。
MADRID/BARAJAS(2) KL1702 13:10発→AMSTERDAM/SCHIPHOL 15:55着(所要時間約1時間45分)AMSTERDAM/SCHIPHOL KL867 17:25発

12.14 
アムステルダムから大阪までのフライト所要時間は約10時間45分。半分以上寝ました。
OSAKA/KANSAI 12:25着→関西空港13:45発→JR京都駅着→JR膳所駅着→自宅到着。 
無事帰国するとまた海外に行きたくなります。再びスペインに行けるなら、マドリッドから列車で約1時間位離れた1500年代建築の修道院El Escorial(エル・エスコリアル)に行きたいです。
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(※1)中世に築かれた古いスペインの街は迷路で何度か迷子になりました。迷ったのは私達ですが、今回のスペイン展企画者の愛称はDonde esta la「MAIGO」さん
(※2)「いゃ、だから・・・」「えっ、だって・・・」が会話のアクセントになるエネルギッシュな染織家の愛称は「EDATE」さん
(※3)中国語と指圧が上手な墨作家・御本人のご希望で愛称は「A-chan」
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01/23 22:49 | 旅行
佐藤 忠 展
ギャラリー揺 シリーズ企画「光と影」V
佐藤忠展[Read Game](2009.11.17~29)を終えて

シリーズ企画「光と影」?は井田彪先生ご紹介の佐藤忠さんです。これまで東京を中心に神奈川や各地で個展やグループ展にて作品を発表されていますが、今回は関西初個展です。2008年にOAP彫刻の小径「空と風と水と」( アートコートギャラリー / 大阪)で佐藤さんの作品を拝見した時は、大きく空に浮かぶ鉄の作品で鉄錆色が印象に残りました。揺での展覧会も最初は「鉄」だと予想していましたが、想定外の素材を使っての新しい試み・新作発表です。一番重い素材・鉄から一番軽い素材・スポンジへ、ステンレスや鉄の無彩色からスポンジの鮮やかな赤に変りました。佐藤さんのイメージする京都の色「赤」のスポンジを捜し廻り、ロクロを回してカッターでスポンジを切ること約1300個は面積にして約畳一枚分です。出来上がった作品を持ち込むのではなく、現場で作業して、ここでしか作れない造形物の創造が始まりインスタレーション作品の設置へと展覧会の準備は進みました。

展示作品は
板間に7点(棚に2点、壁面に3点、展示台に1点、床に1点)
和室に2点(畳面に1点、壁面に1点) 
庭に3点(庭石2カ所に2点、石灯篭に1点)
合計12点です

Satou work  1

板間の元掘り炬燵位置の作品は、一見ステンレス板一枚に見えますが見る位置を変えると赤いスポンジが下から出てきます。

Satou work 2

和室の中央部畳一枚分にびっしりと赤いスポンジを敷き詰めた作品は上に反り上がり様々な物に見えます。近づくとスポンジの一つ一つが動き出しそうな生命体にも見えてきます。この2点は逆の形となり、同一直線状に位置して一対の作品です。

Satou work 3

広く感じる石畳には何もなく空間が広がり、庭の周囲の庭石や石灯篭の中に作品が点在して、ハンダ付けステンレスの輪に赤いスポンジがはめ込まれたものが岩に留まっています。これも生命体を感じます。ご本人から伺ったエピソードですが、横浜に帰宅されて幼稚園と小学3年生のお子様2人に庭の作品の写真を見せたところ「気持ち悪い!」と言われて「子どもの意見は正しい!」と、再度京都に向かう新幹線の中で構想を練り、展覧会初日の雨降る中で、作品修正の作業が続きました。その結果、赤いスポンジの数が少なくなり作品の印象も随分変わりました。お二人のお子様には揺の庭で実際の作品を見てもらいたかったです。2週間の展覧会も終わりに近づく頃は、庭木のドウダンツツジは佐藤さんの赤色を意識して目にも鮮やかな朱赤に紅葉し、庭の秋も深まりました。
これまでの佐藤さんは、幾何学的な形の中に有機的な動きを感じる生命感へとつながる抽象形態・ミニマルな作品を制作されていたようですが、今回はあえてイメージや概念を排除して「自分は何を作っているのかな?」「自分でもよく分からない!」とゲームをするように遊びながら創られたそうです。鑑賞者もゲームをするように「これは、何だろう?」と考えながら観ることで、ゲームが展開して、霧の中で晴れるのを待っていると風景が現れる時が来るようにゲームを謎解きするような楽しさを味わえばいいのでしょうか?
 関東在住作家さんのシリーズ企画展は初めてです。
これからも時には揺に東の風を爽やかに送り込んで、京都の風向きを変えてください。
良い展覧会をありがとうございました。

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以下は、私が依頼しました佐藤忠さんの文章と写真です。

Satou work 4

今回の展覧会で目指したことは「日常」をいかに「非日常」に変えることができるかに尽きる。住居としての要素が見られるこのギャラリーは、これまで主張や特徴が少なく、また無機質でもあるホワイトキューブの空間で主に発表してきた私にとって、ある意味非常に厄介であり、頭を悩ませた。ホワイトキューブの空間ではおのずと作品の存在が浮き立つため、作家としてはその空間と作品の関係性を図れば良いのであるが、今回はそう簡単にはいかないことが分かった。そこでまず私が行ったことは京都の地であることや揺の空間を読みとり、紐解くところから始めた。それは作品自体を考えるのではなく、その場に合うコンセプトを導き出すことでもあった。確かにこれまでのように鉄の彫刻を室内や屋外に配すればそれなりの構成や表現ができたかもしれない。しかしそれは作品の空間移動にほかならない。ましてや景色が完成されている庭に関しては借景として作品が存在するだけになるのではないかと思われ、今回は新たな表現が必要であると感じた。
日常から非日常に変化させることを考え悩んだ末に、それはただ単に相対する関係ではなく、融合もしくは調和を保ちながらその臨界点を見つけ出すことではないかとの答えに至った。それは企画展テーマである「光と影」にも同様な関係性があるといえる。
私が思い描く理想の作家像はどんな条件下においてもコンセプトがブレることなく、自分の想いをさまざまな形で質の高い表現ができること、また柔軟な思考とイメージ力を持ち備えていること。作家は常に新たな表現を生み出し鑑賞者をいい意味で裏切らなければならない。まだまだ理想にはほど遠いが、今回の展覧会は私に声をかけてくださったギャラリー揺のオーナーご夫妻とこれまでの私の作品を知る方々にとっては「裏切り」ができたのではないだろうか。
佐藤忠

Satou work 5


Satou work 6

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佐藤さんの文章からギャラリー揺の空間についての再考・再確認を促されました。
2005年秋に、ホワイトキューブでは表現出来ない展示や内容を目指し、住居空間を生かした画廊としてオープンして以来、4年が過ぎ、見慣れた空間になった結果、展示する作家側の困難さをほとんど忘れていました。 今後もこの空間で夫と共に画廊を続けていきますが、「日々新た」な気持ちで、玄関、障子、畳、庭などを常に意識して見直し、次の展覧会への工夫に繋げたいです。   三橋登美栄
                     


01/02 18:10 | 展覧会
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