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彌永ゆり子展(2018.5.22~6.3)を終えて
彌永ゆり子展「digital painting」(2018.5.22~6.3)を終えて

ここにいながらも、画面を介して自分の生まれる前の世界や遠く離れた場所のいまを感じることができる。そんな今、次々と現れる新しいものや技術に未知の期待を抱く一方、小学生のころの低解像度のイメージに抱いたワクワク感がずっと一番生々しく、リアリティがあったように感じる。そんな現状をふまえ、自分が感じているデジタルの質感や、そのリアリティ、生々しさみたいなものについて、あるいは、そのある種チープともいえる質感による物質的な表現に魅力を感じ、試行錯誤している。(彌永ゆり子)

≪展示作品≫
1 lucid figure #2    
2 old tv
3 where are you (here and there)#1
4 where are you (here and there)#2
5 where were you (find on the cyberspace)
6 childhood dream #2
7 ewan mcgregor
8 videochat (kyoto-london)
9 lucid figure #3
10 where were you (kurt with video)

P5240041.jpg 作品「lucid figure #2」2018 映像 80×68×35mm

CIMG9899.jpg 展覧会場

P5240002.jpg 作品「old tv」2018 映像 65×95×35mm

P5240007.jpg 作品「where are you (here and there) #1」2018 映像 165×104×18mm

P5240011.jpg 作品「where are you (here and there) #2」2018 映像 165×104×18mm

P5240015.jpg
作品「where are you (find on the cyber space)」2018 映像 650×1125×100mm

P5240016.jpg 作品「childfood dream #2」2018 映像 105×122×25mm

P5240048.jpg 展覧会場の木漏れ日

CIMG9902.jpg 展覧会場

P5240020.jpg 作品「ewan mcgregor」2018 映像 95×62×33mm

P5240027.jpg
作品「videochat(kyoto-london)」2017 映像、額(キャンバスに油彩) 750×410×370mm

P5240046.jpg 障子に木漏れ日

P5240032.jpg 作品「lucid figure #3」2018 映像 65×55×38mm

P5240035.jpg
作品「where were you (kurt with video)」2018 映像 465×378×38mm

P6010058.jpg 彌永ゆり子さん

≪ステートメント≫
自分にとって興味深いことであっても、他者にとっては些細で見過ごしても構わないようなことかもしれない。そういった(見過ごしがちな)ことに注目し、様々な手段をもってすこし大げさに表現してみる。
自分が手を加えることで既存のものに今までとは違う新しい側面があらわれてくることを期待し、また、
作品を通じて自分が感じた面白さを少しでも共有できればと思う。(弥永ゆり子)

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京都新聞2018年6月2日朝刊(美術欄・ギャラリー)
弥永ゆり子展(揺=銀閣寺前町 3日まで)パソコンのお絵かきソフトで描いた絵画を、大小さまざまな液晶画面に映し出している。描き終えた状態だけではなく、途中経過や上書きも作品の一部として公開。デジタル技術が芸術の範囲を拡大した一例だ。(小吹隆文・美術ライター)
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絵画を描きながら仕上がる瞬間を見極めて、筆を置いて完成を迎えます。でもこのタイミングを見逃してしまうと後戻りはできず、描き過ぎて失敗することを度々経験します。
そんな苦い思いとは裏腹に、彌永さんの制作過程が流れる映像は軽やかで新鮮です。
手のひらサイズから50インチくらいの大きさの画面まで様々。目まぐるしく流れる早い動きから、静止画かと思うくらいゆっくり動く画面まで多様です。ちなみに私はゆっくり画面が好きです。
次は音楽と共鳴する映像を拝見できたら嬉しいです。今後の展開を楽しみにしています。(三橋登美栄)



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06/07 12:11 | 展覧会
group90/78/69展(2018.5.8~20)を終えて
group90/78/69展(2018.5.8~20)を終えて

何をするにしても金(かね)がかかるのがこの世の中。いま評判の映画を見たければ、お金を持って映画館に行かなければならない。演劇、舞踏、音楽など舞台やホールで楽しむには一万円札を用意する必要もある。一人静かに、今年の芥川賞の小説を読もうとすれば、本を買わなければならない。芸術を鑑賞するにもお笑いに腹をかかえるにも、まず金が要る。
だが、そうではない世界がある。美術という分野だ。例えば彫刻は上野の西郷さんや渋谷のハチ公はさておいても、気をつけてみれば町のあちこちに立っている。飽きるほど眺めてもタダだ。一億円の野外彫刻も大阪にはある。
絵はギャラリーをのぞけばいい。新人からベテランまでいろんな絵が見られる。もちろん彫刻や工芸品などもふくめて、どの画廊でも基本的に入場無料で、ふらりと出入りできる。そうすることで目を養って ふところに余裕が出来れば、まず版画の1点でも買えばコレクターへの第一歩だ。(高橋 亨)

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≪展示作品≫
林 康夫
1 寓舎‘17-Y    
2 寓舎‘17-a  
3 寓舎 少年兵の碑 T(グレー)
4 寓舎 少年兵の碑 I (グリーン)
5 寓舎 少年兵の碑 F (ブルー)
6 陶板(2片組 黒 ブルー)

中馬泰文
イ easy open ends XA
ロ easy open ends XB
ハ easy open ends XC
ニ easy open ends XD
ホ easy open ends XE

木村秀樹
A Misty Dutch 71
B Grid November

CIMG9893.jpg 展覧会場

CIMG9895.jpg 展覧会場

P5110125.jpg P5110128.jpg
林 康夫「寓舎17-Y」        林 康夫「寓舎17-a」
P5110133.jpg P5110135.jpg
林 康夫「寓舎 少年兵の碑 T」   林 康夫「寓舎 少年兵の碑 I」
P5110137.jpg
林康 夫「寓舎 少年兵の碑 F」
これらのオブジェは、二つの部分から成り、それぞれ動かすことができます。動かすことによって幾通りもの造形が可能となります。

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20180508kimura.jpg 木村秀樹「Misty Dutch 71」

P5100099.jpg 木村秀樹「Grid in November」
1972年以降の自身の制作を振り返り、夫々の時期のコンセプトや方法を再検証する意味を込めて、新作シルクスクリーンの制作を続けています。今回の出品作もそのシリーズからのものです。
ピエト・モンドリアンの作品画像をコンピュータに読み込み、アプリケーションで変形を加えています。モンドリアンがモンドリアンでなくなる、ギリギリの線を求めています。(木村秀樹)

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P5110112.jpg P5110115.jpg
中馬泰文「easy open ends XA」  「easy open ends XB」
P5110116.jpg P5110119.jpg
中馬泰文「easy open ends XC」  「easy open ends XD」
P5110123.jpg
中馬泰文「easy open ends XE」
友から小さなエッチングプレス機が手元に届いた。眺めていると五十数年ぶりに動かしてみたくなり、手近にあったボール紙を版にcollagraphで素描を試してみた。
プレスされた画は帰還した日常に溶け込んでいるように思えた。(中馬泰文)

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P5100101.jpg P5100102.jpg
林康夫作品「陶板(2片組 黒・ブルー)」
揺さんでの3人展も度重なり、会場に馴染んできたように思います。一方、それなりにマンネリ化の気分を警戒しなければと思いつつの制作です。寓舎の深化の思案を図りながらも、身体的な問題が対応の幅を狭めるので、妙なストレスとのたたかいが増幅している昨今です。(林 康夫)

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京都新聞2018年5月12日朝刊(美術欄・ギャラリー)
Group90 / 78/ 69展(揺=銀閣寺前町20日まで 月休)陶芸の林康夫、絵画の中馬泰文、版画の木村秀樹による3人展。齢(よわい)90,78,69になる巨匠たちだが、作品は軽妙で若さがある。庭に置かれた林の陶板の美しさは鮮烈。(平田剛志・美術評論家)

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※  group90 / 78 / 69 展と同時開催の中馬泰文展(なかむら)の新聞記事の紹介です。

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京都新聞2018年5月19日朝刊(美術欄・ギャラリー)
中馬泰文展(なかむら=姉小路通河原町東入3日まで 月休)プルトップと呼ばれる缶のふた(正式にはイージーオープンエンド)をモチーフに、シルクスクリーン版画と日本画の画材をミックスした新作を発表。知性と稚気をユーモアで包んだスマートな作品が持ち味だ。(小吹隆文・美術ライター)

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早いもので,毎年開催のこの展覧会も今年で5回目。
爽やかな新緑の季節にgroup90/78/69展を開催できたことを大変嬉しく思っております。(ギャラリー揺 三橋登美栄)


05/22 09:29 | 展覧会
中尾美園展「紅白のハギレ」を終えて
中尾美園展「紅白のハギレ」(2018.4.24~5.6)を終えて

ギャラリー揺で2回目、4年ぶりの中尾美園展です。

最近、祝日に町の中で日本国旗を掲揚している家を見かけることがあまりない。スポーツ観戦もしない私は、これまで国旗に触れた経験がながったように思う。本展では94歳で亡くなった女性の、暮らしの中にあった国旗を取材した。過去、現在、未来へと、持ち主から放たれた国旗が、人との関わりの中でどのように移り変わっていくのか。
これらは、過去の記録ではなく、現在の私たちの記録でもある。(中尾美園)

≪展示作品≫
1 紅白のハギレ(紙本着色 桐箱) 
2 久代切(紙本着色 桐箱) 
3 眞智子切(紙本着色) 
4 未来の余韻(木箱、旗受金具、落書き中の子どもたちの声)

展覧会場

展覧会場

展覧会場

国旗セット

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京都新聞2018年4月28日朝刊(美術欄)掲載記事
中尾美園は、京都市立芸大で保存修復を学び、修復の現場で働きながら、模写の技術を用いた絵画作品を制作する。修復に持ち込まれる古い作品に向き合ううちに、作者、所蔵者、修復、観賞した多くの人たちが長い時間の中で作品に寄せてきた気持ちに思いをはせるようになったという。保存修復は、その記憶を次代に申し送ることでもある。
中尾の作品「図譜」シリーズは、自身の身の回りのもの、失われてゆくものを模写して描き留めるシリーズ。震災後の福島で拾った木の葉や、近所の水路の漂流物。克明に姿を写すことで、その時、それを描いた中尾自身の視点や感情も作品に刻まれる。
今回は、友人の祖母がタンスの奥にしまっていた日本国旗をモチーフにした。旗は昭和の初めごろ製造され、正月や祝日に玄関に揚げるという習慣ごと、久しく忘れられていた。中尾は旗本体だけでなく、旗を支えた玄関の旗受けから、付属品の組み立て式旗ざお、金球、包装袋も全て緻密に写しとった。旗が定期的に揚げられ、のちに長年省みられなかったという記憶を、和紙に雲母を敷く古典的な技法で絵巻に仕上げた。
そして別の絵巻には、破れたり手芸の素材として切られたり、落書きされたりして「紅白のハギレ」となった国旗の姿がある。この国旗に、将来起こるかもしれない変化を描いたものだ。「場所が変わって、見る人が変わると、大切だと思っていたものも、布切れになる」と中尾。修復の仕事を通じて、経年変化だけでなく人の価値観の変化が、作品の扱われ方や形状を変えてしまうことを知る中尾が見据えた「未来の記憶」を保存する絵巻だ。
会場には、録音された子どもたちの声が小さく流れている。国旗に落書きしてもらった時の様子だ。日の丸に「太陽みたい」と星を描き込む子、丸顔のマンガキャラクターに似ているという子もいたそうだ。どの声も無邪気で明るい。この紅白の図は、将来、どこで誰から、どんな風に扱われてゆくのか。作品に付けられたタイトルは「未来の余韻」という。(揺=銀閣寺前町5月6日まで 月休)(沢田眉香子・著述業)

中尾美園さん 中尾美園さん

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展覧会後 作家コメント 
会場であるギャラリー揺は、閑静な住宅街に立地している。もともとは住居だった場所をギャラリーに改築していて、上階にはひと家族が暮らしている。庭の緑は本当に美しく、聞こえてくる子供の遊ぶ声が明るい。そんな環境に日本国旗の絵を展示した。これは高齢の女性が祝日に揚げていた国旗であり、かつて暮らしの中にあった物や習慣として存在していたことを示すものだった。
暮らしの中での習慣は、個人にとっては楽しいことも、嫌なことも、悲しいことも、ない交ぜになっていて、「良いこと」とか「悪いこと」ではないと思っている。今回、絵を前にして昔語りをされる鑑賞者が多かった。そのお話も私の中の大事な一部分となっていくと思う。お話しできてうれしかったです。ありがとうございました。(中尾美園)


05/09 22:25 | 展覧会
木坂宏次朗展(2018.4.3~18)を終えて
木坂宏次朗展(2018.4.3~18)を終えて
Still Point ‒ Tenebrae et Lux ‒

静止点 - 闇は光の一部 -シリーズ “AT THE STILL POINT”は Four Quartets に含まれる様々なテーマを取り上げ、土、水、空気、火の四つの象徴を経て、Still Point(静止点-永遠の時間と現在の時間が重なる時)を表現しようとする試みです。
別の角度から申しますと、取り上げたテーマは、永らく私が抱え続けてきた個人的なテーマでもありました。エリオットの詩の世界との対話を通して、自ら抱えてきた設問と向い合う(ある景色に辿り着く)旅のようなものでもありました。

IMG_2.jpg

IMG_29.jpg

≪展示作品≫
○Drawing Works,(ドローイング作品)
Small Voice(細き声)
Dark Matter,Stars,(ダークマター、星々)
Still Point, a Chinese Jar(静止点、中国の壺)
Still point,wheel and shadows(静止点、影),
Teneburae and Lux,vol.2(闇と光vol.2)
Tenebrae et Lux,vol.3 (闇と光vol. 3)
○Stencil Drawing Works(ステンシル ドローイング作品)
Dark matter,Rainbow(ダークマター、虹)
Dark Matter,Rainbow,vol.2(ダークマター、虹vol. 2)
Tenebrae et Lux(闇と光),10. Still Point,white wheel(静止点、車輪-白)
○Tempera Works(テンペラ作品)
Small Voice,Cerulean+Yellow(細き声、セルリアンB+黄色)
Small Voice,Cerulean.B(細き声、セルリアンB)
つきしろ
○Three-Dimensional Work(立体作品)
Still point,Dry the Pool(光のプール)
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≪技法解説≫大きく次の四つの技法に分かれます。
①テンペラ混合技法
支持体は、板に布を張り、石膏を重ね塗り磨き上げた表面に墨を塗り込む。細筆0号のみを使用し幾層も重ねて色の印象を作り上げて行きます。メディウムは卵テンペラ混合技法用(卵黄味、ダンマルテレピン、サンシックドリンシードオイル、水)。画面に落ち着いた艶があり、ピュアなテンペラ技法よりも固着力が強く厚塗りが可能。数十層色を重ねて初めて下地の黒い画面より微かに色が現れる。顔料そのものの色が表出するまでには更に幾層もの重ね塗りが必要なため、長い制作日数を要します。
②テンペラ/顔料単色
板に布を張り、石膏を重ね塗り磨き上げた支持体に顔料を単色のみを細筆0号だけを使用しハッチング技法による重ね塗りと多少のスフマート技法を利用し、濃淡だけで空間をつくり上げます。メディウムは卵テンペラ(卵黄味、お酢)。混合技法のメディウムはリンシードの成分が膜をつくり、ある程度均一な画面となりますが、ピュアなテンペラメディウムは顔料そのものの発色が美しく、粒子が一様でないため画面に微妙な動きを与えます。
③ドローイング(木炭)
アルシュ極細紙使用。木炭の先を鋭く削り、ハッチング技法を繰り返します。またハッチングした表面を布で幾度も返し画面に刷り込んで奥行きのある重層な画面をつくります。
④ドローイングⅡ(木炭・顔料吹き付け)
あらかじめ精密なシンボルとなるモティーフの立体模型を複数制作し、それらをドローイングを済ませた画面上で動かしながら、メディウム(卵テンペラ/膠)で溶いた胡粉顔料を吹き付け、時間の経過(瞬間の記録)を一つの画面に記録します。

129.jpg
作品「SMALL VOICE, Cerulean.B (細き声、セルリアンB)」
【テンペラ/顔料単色】
“AT THE STILL POINT”シリーズの後半の作品です。
「The Dry Salvages」V206の瞬間的に訪れる静止点、また作中のテーマ「告知の祈り」、「受肉」の問題を思索する意図を持った作品です.作品のタイトル「SMALL VOICE」は、(列王記上19章12節)預言者エリヤが受けた神からの啓示「細い声-a still small voice」からのものです。単色の顔料だけを用い、細かなハッチングを繰り返し濃淡だけで表現しています。虹は旧約聖書に現れる神の意思を明喩したモティーフであり、約束の象徴として。しかし、虹そのものは描くことなく虹が現れる環境(約束と言う言葉が生まれる景色)描いたものです。モティーフの対象そのものを直接描かずにその場面の状況描写をすることによって主題のモティーフを浮かび上がらせる。エリオットの言う「客観的相関物」の手法。また、可能な限り、個人的意匠を排除し、タッチの表現にさえ足跡を残さないように努める。(非個性主義)

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作品「SMALL VOICE, Cerulean.B+Yellow (細き声、セルリアンB+黄色)」

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133.jpg
作品「Still point/ STILL POINT-shadow (静止点、影)」
ヘラクレイトスによる二つのエピグラフについて、ヘラクレイトス、エリオット、双方の視点を出発点とし、ドローイングの習作を繰り返しながら、モティーフとなる象徴を模索していったシリーズ初期の作品。
1 ヘラクレイトスの理法(ロゴス)は万物流転(flux)の法則に対して、エリオットは「受肉せるキリスト」「言葉」キリスト教的に捉えていること。
2 四大元素の変化の過程の二面性とエリオットの救いへの道の二面性。
ヘラクレイトスのロゴスは一見、万物流転、円環のイメージを持ちますが、一方では「昼と夜、夏と冬、戦争と平和。これらが争い、右に揺れたり左に揺れたりしながら変化し、調和を保つ」。相対するものの対立の中に調和が存在するとされている思想は、エリオットにおいては「ニンニクとサファイヤ」「薔薇の瞬間といちいの瞬間」のように異なる景色が一つの風景となって立ち上がり、異なる立場の言葉と言葉の間には、言葉にはない景色が詩の中に漂い、「時間と非時間の交差」静止点へと繋がって行きます。
車輪のモティーフは、現実の時間と永遠が交差する象徴的なイメージとして扱っています(インド仏教にある法輪、輪廻思想。キリスト教に見られる円環のイメージ。いずれも中心に神がおかれる)。
Four Quartetsの中には度々円環のイメージが登場し、またぼんやりとした春夏秋冬を背景の季節としています。そして「荒地」以降(1924年-)彼の作品の内容は母性的な静寂の世界の形成を目指す調和的思考がみられ、Four Quartets全体の構造においても始まりと終わりの同時存在(始まりが終わりに内在し、終わりに始まりが内在する。)による円環のイメージをとっています。
※「円の終点は始点にもなりうる。」ヘラクレイトス静止点の視覚的イメージ。車輪(wheel)のイメージ(縦の線は神の出現。横の線は時計の時。中心の点は回る世界の静止点。(受肉のイメージ)また、東洋哲学の車輪の視覚的イメージ。

140.jpg
作品「Still point/ STILL POINT-a Chinese Jar(静止点、中国の壺)」
【ドローイング(木炭)】
「Burnt Norton」V「中国の壺」。
現在と歴史の両方に同時に存在する「壺」をモティーフにしています。実在する清康煕(しんこうき)青花地白梅胆式瓶。17世紀ごろ(康煕時代1683-1722)エリオットの時代から、およそ200年前の作。詩作の中エリオットのイメージの中に現れた壺を想定して描いた作品です。壺の白梅は冬至梅。花言葉は「気品」。「真冬の春は独特の永遠の季節」「ゼロの夏」。冬に現れる春にちなんでいます。
○Dark Matterシリーズ
   
137.jpg 136.jpg
作品「DARK MATTER Rainbow(ダークマター、虹)」左側
作品「DARK MATTER Rainbow vol.2(ダークマター、虹vol.2)」
DARK MATTER Rainbow、パステルによるドローイングを幾層にも重ねた後、シンボルとなる数枚のモティーフをステンシルの技法を用いて繰り返しメディウムで溶いた顔料を吹き付けます。

私たちは目に映るもの(知りうるもの)で世界を判断しがちですが、目に映るもの(知りうるもの)は、おそらくほんの僅かなもので、目に映らない(知らない)ものがほとんどでしょう。この作品は目に映らない(知らない)ことを制作視点の中心に置き、目に映るもの(知りうるもの)を眺めること、また、そのことで目に映らない(知らない)景色を感じうることが絵画では可能ではないかという試みでもあります。

139.jpg
作品「DARK MATTER, Stars」 
ドローイングによる DARK MATTER シリーズ初期のイメージ。

138.jpg
作品「Tenebrae et Lux(闇と光)」
言葉の一つひとつは、その姿を単体で証明できるものではなく、相対関係によりその姿をぼんやりと浮かび上がらせるだけかもしれません。言葉の生まれる前の背景とその原景を追い求めて行くと、その姿は匂いと手触り、音楽(音)を伴って迫ってくるものがあります。そうしてその姿は記録され、言葉になって行ったとするならば、また同時にそのことばが生まれる過程において感覚と感性の豊かさが失われ、その屍がことばとして残ったとも言えなくもありません。ウィトゲンシュタインは「語りえぬものの前での沈黙しなければならない。」と言いました。言葉のない世界。私たちがその世界を少しでも覗き見るとき、そこには、認識や判断を必要としない言葉で語る世界にはない想像もしなかった豊饒な感情の世界が溢れているような気がいたします。

143.jpg
作品「Tenebrae et Lux,vol.3(闇と光vol.3)」
【ドローイングⅡ(木炭・顔料吹き付け)】

142.jpg
作品「 STILL POINT-white wheel(静止点、車輪-白)」
木炭によるドローイングを幾層にも重ねた後、あらかじめ、精密なシンボルとなるモティーフの立模型を幾通りか制作し、それを画面上で回転させながらその都度立体模型の上からメディウムで溶いた胡粉(牡蠣、帆立、蛤など貝殻を砕いた粉)を吹き付けて、時間の記録(時の瞬間)を紙面上に記録してゆきます。重なりゆく瞬間の記録は時の歴史を作りますが、絵画の特徴として一つの画面に残る記録の片鱗は、最初の瞬間の記録も最後の瞬間の記録も時間軸を持たず、結果ひとつの画面として存在します。そして、中心の点は絶えず動き続ける静止した点です。

○Tenebrae et Lux( 闇は光の一部)シリーズ

138.jpg
作品「Tenebrae et Lux(闇と光)」
古来の声明や、カトリック教徒のロザリオの祈りのように言葉を繰り返し唱えることによって覚醒し言葉の背景、または原景を浮かび上がらせる作用を絵画の中で試みた作品。

○[インスタレーション作品]

43.jpg
作品「“Dry The Pool”」
「Burnt Norton」Ⅰ 薔薇園における心象風景。を題材にしています。涸れたコンクリートの水溜に光の水が満ち、再びもとの涸れた池に戻るまでの様。隠された体験の意味が、光の水で満ちている場面。
池の水は涸れ、コンクリートは乾いていた。「すると池は陽の光で満たされ/睡蓮が静に伸びてきた。/水面は光の芯で輝き、/彼らは僕らの後ろにいて、池に姿を映していた。」
瞬間的な静止点。「人間はあまりに深い真実には耐えられない」。
「the figure of the 10 stairs」(「Burnt Norton 」Ⅴ160行)
十字架のヨハネ著『魂の暗い夜』10の階段の象徴。
Sappho(サッフォー)の詩「つきしろ」によせて描いた作品です。
      つきしろ
    さえわたる月のあたりの星々は、
    そのかがやく面輪をかくす、
    つきしろのみちて、そのひかり
    地のおもてに、耽々とふりそそぐとき

tsukishiro.jpg
作品「つきしろ」
【テンペラ混合技法】

P4110033.jpg木坂宏次朗氏(この写真のみ 撮影 三橋登美栄)

禅の言葉で「億劫須臾(おっこうしゅゆ)」という言葉があります。億劫は宇宙的なほど限りなく長い時間。須臾はほんの寸刻を意味します。億劫須臾はおそらく審議は両義性にあるということでしょう。     
鼓の打ち手は、音を出す前に声を発します。音が出るまで、その声と打ち手のわずかな時間の間を「こみ」と言います。彼らは「こみをとる」と言い、そのわずかな間に祈りを込めます。その祈りは瞬きの間の祈りではなく、月日をかけたひとときの祈りであり、その祈りが音(形)となります。能の舞台では、どんな音を出すかということよりも、どのような祈りを持ち、育み、その祈りを「こめる」のかという姿勢に芸術の命をおいています。
このシリーズは、T.S.Eliot著『Four Quartets(四つの四重奏)』の長編詩に含まれる様々なテーマを背景に土、水、空気、火の四つの象徴を経てStill Point(永遠の時間と現在の時が重なる時)を表現しようとする試みです。
 絵画表現は最も原始的な表現のひとつです。五感を通した立体的な感情が二次元の世界に解き放たれた時、鑑賞する私たちは作品を通して作者の創作の時間を遡ります。そして、作品の出発点と終着点を同時に(ひとときに)体感することになります。そこには作者と同じく時間の概念は生じず、ひとときの作品との対峙となります。しかし、その「鑑賞の旅路」においても結局は作品に向かい合った時、人は自らの体験と直感をもって作品の世界を知り、自分の姿を作品に映し出すこととなります。そのため、このシリーズの目的でもある静止点を持つ作品が、鑑賞する姿を曇らすことなく映し出す澄み渡った鏡となって存在すれば、作品の中にある意義が、作者の見た世界のみにとどまらず再び幾世代の人々の体験を含み蘇ってくるように思われるのです。
(技法解説・作品説明:木坂宏次朗 | 撮影 : 平田尚加)    
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京都新聞2018年4月7日朝刊(美術欄・ギャラリー)掲載記事
T・Sエリオットの長編詩「四つの四重奏」に登場する文言Still Point(静止点)をテーマにしたテンペラ画、木炭画、立体。強固なコンセプトに貫かれた、静けさの漂う絵画世界だ。
(小吹隆文・美術ライター)
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「もう、いつ死神が来ても良い!」と呟いて去って行ったのは、桜の花が満開の2018年3月31日。
死者の誕生日4月2日にお葬式。これから毎年やって来る桜の花に涙するでしょう。こころ穏やかではいられません。死者の世界が私の前で蘇ります。―そこはわたしの静止点 ― 
(ギャラリー揺 三橋登美栄)

05/09 22:07 | 展覧会
第二回 一六一六展 (2018.3.13~18)を終えて

第二回 一六一六展 (2018.3.13~18)を終えて

2016年 京都造形芸術大学 陶芸コース卒業生の陶芸作品展です。
今回は「そそぐ」をテーマに15名の個性的な作品が展覧会場に沢山並びました。

展覧会場 展覧会場

《出品者 15名》
石田元子 井星はるか 梅香恵美子 梅本泰子 江口晴美 落合利男 カレム久実 川本修 谷口和久 中木貴子 中澤文恵 中島秀 中村晃 長瀬真弓 野田華子

P3200002.jpg 左から梅香恵美子、野田華子、中木貴子「frame work」

P3200009.jpg 谷口和久「どこから入れる?」

P3200010.jpg カレム久実「そそぐ陽のキセキ」

展覧会場 展覧会場

P3200014.jpg 落合利男「明王火炎」

P3200017.jpg 落合利男

P3200022 (2) P3200024.jpg 中村晃

P3200026.jpg 川本修 北海道の冬の白さの中に訪れる春のイメージ

P3200019.jpg 中島秀「mother of the sea」命をそそぐ海の中の母のイメージ

展覧会場 展覧会場

P3200029.jpg P3200031.jpg 石田元子 音をそそぐ 
 
P3200034.jpg 江口晴美

P3200036.jpg 井星はるか

P3200039.jpg 梅本泰子

P3200041.jpg 野田華子(箔押し 漆 焼き締め)

P3200043.jpg 中澤文恵

P3200047.jpg 長瀬真弓「光をそそぐ」降りそそがれた雨水が輝いています。

P3200053.jpg 谷口和久「盃に月光を!」

最終日 展覧会最終日

―― 光をそそぐ
―― 愛をそそぐ
―― 酒をそそぐ
―― 月のしずくをそそぐ
―― 音をそそぐ
今回のテーマ「そそぐ」に15人の作品が集まりました。年に一度の織姫と彦星の出会いのような私たちですが、これらの日々にどんなことを考え、どんな生き方をし、そしてそれが作品にどのように投影されたかを確かめる場でもあります。同窓会のような心温まる再会であることと同時に互いに感性を刺激しあえる場ともなることを期待しています。
今回二度目の作陶展でしたが、作品の展示の仕方、見せ方、ライトの位置など、まだ多くの課題があることを痛感しました。オーナーさんのご提案で搬入後一人ずつ自分の作品について話す機会があり共通理解が得られたので、来られたお客様に他のメンバーの作品についても説明することができよかったと思いました。
次回への課題は多く残されていますが、今回参加できなかったメンバーを加え16人の仲間の団結力を宝にして三回目に臨むことができたらと思います。(梅本泰子)

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今展は器物を中心に斬新なオブジェも含まれた展覧会でした。会場はいつも笑い声に包まれてとても楽しそうで、時々私も仲間入りさせて頂きました。
今後も様々な作品を創作されることと思います。一年後のこのグループ展を楽しみにしています。(揺 三橋登美栄)
03/26 14:18 | 展覧会
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