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比叡山 2020.2.3
比叡山 2020.2.3
(参加者は人見さん、谷口さんご夫妻、三橋の4名)

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JR琵琶湖線膳所駅(8:16)→山科駅(200円)《乗換》地下鉄東西線山科駅(8:32)→東山駅(230円)《乗換》京都市バス5系統東山三条駅(8:52)→一乗寺下り松町駅(乗継割引110円)→一乗寺下り松前からシャトルバス無料(9:30)→狸谷山不動院→登山開始(10:10)→京都トレイル東山59-5(10:35)→昼食(12:00~12:25)→てんこ山(12:54)→石鳥居(13:20)→水飲対陣跡(13:45)→千草忠顕碑(14:55)→坂本ケーブル延暦寺駅(17:00)(870円)→ケーブル坂本駅→京阪石坂線坂本比叡山口→京阪膳所駅→帰宅
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本日2月3日は、狸谷山不動院では豆まき式に加えて、厄除け大護摩祈祷と弘法大師が唐より授かった真言宗独特の祈祷法、星まつり福よせ祈願が行われます。

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250段の階段を上ります。

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清水寺と同じような「懸崖造り」という山の斜面に柱を立て、その上に本堂を作る優れた建築技術による建物です。法螺貝を手にした山伏姿の方に出会いました。
 
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この石段から山登りを開始します。
ミツデウラボシはシダ類。日本では最も普通に見られる種です。名前は葉が大きく三つに裂けることから。ただし、十分成長しないとこの形にはなりません。

山道に入ると、奥の院へと続く「三十六童子めぐり」への階段が続いています。
   
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左から、こんがら童子、せいたか童子、ふどうえ童子
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左から、こうもうしょう童子、むくこう童子、けいしに童子 
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左から、ろえとう童子、しったら童子、ちょうしょうこう童子
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左から、ふしぎ童子、はらはら童子、いけいら童子
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左から、こくぞう童子、ししえ童子、あばらち童子
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左から、じけんば童子、りしゃび童子

途中から、童氏めぐりが続く奥の院へ行く道とは別れて、京都一周トレイル東山の方向へ進みます。

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北白川城出丸(北城)白鳥(シラトリ)山頂からの展望

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暖冬で早くもアセビの花が咲いています。
   
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地上に現れた根は自然の造形美ですが、樹の根は踏まれてかわいそうです。

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この少し先で、早く目覚めた蛇さんと鉢合わせてキャ~ッ!色も形も木の根っこと見間違いそうでした。
   
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見落としそうな所に、てんこ山三等三角点443m
 
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カケスとはスズメ目カラス科カケス属に分類されます。「ジェー、ジェー」としわがれた声で鳴き、英語名の「Jay」はこの鳴き声に由来します。また他の鳥の鳴き声や物音を真似するのが得意です。

IMG_1922.jpg石の鳥居

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川を渡る人見さんと谷口さん

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IMG_1930.jpg水飲対陣之跡

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IMG_1933.jpg千草対陣之跡

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風の通り道にあたり、なぎ倒されたスギ林。
現在のスギ林は成長すると弱い風でも倒れやすいと聞きました。

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写真右奥に冠雪している比良山が見えます。この辺りは遠くの山々まで幾重にも重なって見渡せる絶景ポイントです。

昔、何度か滑りに来たスキー場跡のゲレンデを横切ってガーデンミュージアム比叡(冬季休園中)前を通過。ドラブウエイを歩いて坂本ケーブル延暦寺駅に到着。最終便(17:00)に乗車して麓の坂本駅に到着。今日の夕食は「鶴喜そば」で。と楽しみに食事処に行きましたが17:30で営業時間終了でした。帰路の京阪電車「おでんde電車」の中は暖かくて眠気を催しながら膳所駅で下車。今日一日の山歩きで体は疲れていますが、長距離を歩けた自信は満足感に代わり嬉しい一日になりました。良いコースをお誘い、ご案内くださってありがとうございました。


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02/05 16:44 | 日々
八百一 2019.6.1
八百一 2019.6.1

今日は、京都文化博物館別館ホールで第2回 OLD AND NEWのコンサートを聴いた後、
すぐ近くの「京都八百一本館」の2階で夕食です。

東洞院通を三条通から南に下がったところにある商業施設「京都八百一本館」。1階が八百屋、魚屋、肉屋、総菜屋など。2階が雑貨屋、レストラン、食品など。3階が洋食レストラン、コーヒースタンド、農場です。今日は2階にある和食レストラン「きょうのおかず」で、女性3名・会席料理を予約してゆったり楽しい時間を過ごしました。清潔感ある明るい店内に、テーブル席とカウンター席とがあります。入口は、店内2階の奥にあるのでちょっとわかりにくいです。

先ず、富美菊酒造の初夏を感じるフルーティーな香りの「富山」。夏の純米吟醸酒でスタート。

CIMG0471.jpg 一品目 牛蒡の八幡巻き、瓜、人参、小芋

CIMG0472.jpg 2品目 鰹のタタキ

CIMG0474.jpg 3品目 茄子の素揚げ?

CIMG0475.jpg 4品目 鮭照り焼き、モロキュウ、トマト

5品目 天ぷら(小鮎、ブロッコリー他)(写真なし)

CIMG0477.jpg 6品目 酢の物(蓮根、小鯛、生姜)

CIMG0478.jpg 7品目 ジャコご飯、赤だし、香の物

CIMG0479.jpg 8品目 果物

京のおばんざい料理を中心に、お口一杯に頬張りたくなる料理を、アットホームなおもてなしで雰囲気の良いお食事処です。おなか一杯十二分に満足する分量を頂きました。

次回は3階で農園を眺めながらランチを頂きたくなりました。(三橋登美栄)


06/10 18:06 | 日々
新島襄之墓 2019.4.15
新島襄之墓 2019.4.15

京都市左京区鹿ケ谷若王子山町に同志社墓地があります。創立者新島襄をはじめ、妻新島八重や山本覚馬、徳富猪一郎、同志社関係の宣教師たちが眠っています。

16歳年上の姉・馬杉一重は1957年に同志社女子大学に入学。1961年卒業以降、母校に就職。1996年に定年退職するまで家政学科で後進の指導に当たりながら、宗教主任も兼任していたそうです。
姉から新島襄之墓のお参りに行ってきた、と何度か聞いていましたが、私は訪れたことはありません。姉が2019年3月10日に天に召され、2020年5月に同志社共葬墓に姉の納骨を御許可頂いたのをご縁に、「新島襄之墓」のお参りに行きたくなりました。

今日はお天気も上々。明るい午前中を選んで南禅寺・真如堂前から歩き始めました。

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若王子神社の横に立てられた「女性の一人歩きはやめましょう」の看板を横目に見ながら、奥に「新島襄・八重の墓」の看板が見える所を右折して山道に入ります。

 
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少し肌寒く感じる木漏れ日の中、ウグイスの鳴き声を聴きながら石段の山道を登り始めます。所々に案内標識が立っているので迷う心配はありません。

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熊野若王子神社の墓地を左手に見ながらさらに坂道を登ります。

 
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優しいミツバツツジの花々に心が和みます。

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この辺りは京都市営若王子墓地で、あちこちに墓石が立ち並んでいる所を通り抜けてさらに進みます。
 
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若王子神社から約30分で同志社墓地に到着。正面に新島襄之墓があります。
新島襄は天保14年(1843)に安中藩の武士の長男として生まれ、21歳でアメリカへ渡ります。明治7年(1874)にキリスト教の宣教師として帰国。明治8年(1875)に、現在の同志社大学の前身となる同志社英学校を設立します。しかし明治23年(1890)、大学設立のために奔走していた彼は滞在先で倒れ、神奈川県大磯で息を引き取ります。享年46歳。彼の遺体は、彼の父親が眠る南禅寺の墓所に埋葬するはずでしたが、キリスト教徒であることから、若王子山の京都市の共同墓地に埋葬されます。その後、墓所の一角は「同志社墓地」となり、同志社大学ゆかりの人たちと共に安らかに眠っています。
 
CIMG0237.jpg 同志社墓地
山道では誰にも出会わずに同志社墓地に到着。70代ご夫婦に出会ってほっとしました。
 
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同志社墓地の一角にある同志社共葬墓
同志社関係者の希望に応えて、1973年に設けられました。現在170名余の埋葬者氏名が刻印されています。主な埋葬者は次の通りです。秦孝治郎(1890-1972)同志社理事長。 大塚節治(1887-1997)第13代同志社総長、同志社大学長。 住谷悦治(1895-1987)第14代同志社総長。 上野直蔵(1900-1984)第15代同志社総長・理事長。同志社大学長。 齋藤亥三雄(1905-1996)同志社理事長。

クリスチャンの姉は、同志社墓地に永眠することを希望していましたので喜んでいることと思います。 
「この生命は 人の光なり(マタイ 一の四)」 アーメン。

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帰り道は、南禅寺を通って蹴上まで新緑の中を歩きました。
 
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花吹雪に葉桜が美しいです。季節の移り変わりに驚くばかりです。


04/16 11:29 | 日々
横浜美術館 2018.2.28
横浜美術館 2018.2.28

横浜美術館に行きたいという夫に、「車椅子で行ってみよう!」と私は応えました。
自宅から横浜まで車椅子を押しながら無事に行けるか不安ながら9時過ぎに出発。
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自宅9:10発→JR膳所駅で車椅子対応を希望9:39発→京都駅10:26発→新幹線のぞみ220号→新横浜駅12:25着(乗換え)12:39発→JR桜木町駅12:55着→タクシー→横浜美術館・石内都展観賞→桜木町駅で車椅子対応を希望16:14発→新横浜駅16:59発→新幹線のぞみ241号→京都駅18:58着(乗換え)19:08発→膳所駅→帰宅
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京つづみ弁当
新幹線車中で朝食(京つづみ弁当)

ナシゴレン
横浜美術館・CAFÉで昼食(ナシゴレン、ワカメスープ、柚子ジンジャーエールソーダ)

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企画展「石内都|Ishiuchi Miyako 肌理と写真」を鑑賞。

石内都(1947年生まれ)は、2014年にアジア人女性として初めてハッセルブラッド国際写真賞を受賞するなど、現在、国際的に最も高く評価される写真家のひとりです。
多摩美術大学で織りを学んだ石内は、1975年より独学で写真を撮り始め、青春期を過ごした街・横須賀や、日本各地の旧赤線跡地などを撮影した粒子の粗いモノクローム写真で一躍注目を集めました。近年は、被爆者の遺品を被写体とする「ひろしま」を撮影したシリーズで、その活動は広く知られています。
80年代以降は、目に見えない時間の在処として身体に関心を寄せ、同い歳の女性の手足を接写した「1・9・4・7」や傷跡を写した「Scars」など数多くのシリーズを発表。こうした実績が評価され、2005年には下着や口紅など、母親の遺品を撮影した「Mother’s」でヴェネチア・ビエンナーレ日本館代表作家に選ばれました。
近年は、広島平和記念資料館に寄贈されたワンピース、制服、眼鏡など、被爆者の遺品を被写体とする「ひろしま」や、メキシコの画家フリーダ・カーロの遺品の撮影などに取り組み、その活動は多くの注目を集めています。
2017年は、石内が個展「絶唱、横須賀ストーリー」で実質的なデビューを果たしてから40年を迎える年にあたります。本展は、この節目の年に、石内自らが「肌理(きめ)」というキーワードを掲げ、初期から未発表作にいたる約240点を展示構成するものです。
住人のいなくなったアパート、身体の傷跡、日本の近代文化を支えた大正・昭和の女性たちが愛用した絹織物、亡き母や被爆者らの遺品の写真を通して、存在と不在、人間の記憶と時間の痕跡を一貫して表現し続ける石内の世界を紹介します。(横浜美術館 展覧会概要より)

石内都展
撮影許可された展覧会場風景

以前にNHK番組、SWITCHインタビュー達人達「杉野希紀×石内都」を見ました。
「2017年6月17日 - 自身が自動車事故で体に傷を負ったこともあり、石内の仕事に強く興味をひかれたという杉野。石内の仕事場を訪ね、2人で作品を見ながら石内が傷痕や遺品を撮り続ける理由を聞いていく。一方、石内は杉野作品が数多く上映された映画館を訪ね、 女優だけでなく監督や製作者としても映画に関わる理由を聞く。そして広島出身の杉野とレンズを通して原爆に向き合ってきた石内が、「広島」を表現することの意味について語り合う。

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石内さんは「美しいものしか撮らない」と言って傷痕や遺品を撮影。
傷を美しいものに昇華させた写真を十分堪能しました。
 
横浜美術館前
横浜美術館を後にして、ラッシュアワーを避けて早めに桜木町駅に向かいます。

富士山 新幹線車中から見る富士山

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JR膳所駅から横浜美術館の最寄り駅・桜木町まで、車椅子サポートの駅職員さん達がそれぞれの駅に待機。ホームまでの案内および列車の乗降サポートを受けました。エレベーターや待合室などバリアフリー設備も整っています。お世話になった方々に深く感謝しております。夫は今日一日長い外出で少し疲れたようですが「石内都展を観られて良かった!」と言うのを聞いてホッとしました。私達は天候や夫の体調を見ながら当日に出かけることを決めますので予約はできませんが、車椅子対応の乗車は一か月前から2日前までに予約した方が良いそうです。

「次は御前崎に行こう!」と夫は計画中です。

≪オマケ≫
この日、JR膳所駅から京都駅までの車中でコスプレの女性が目に飛び込んできました。ヘアースタイル、メイク、衣装、持ち物など全て完璧な仕上がり。私たちと同じく京都駅で下車でしたが、声を聞いて驚いたことにはその人は「男性」でした! 

03/02 16:43 | 日々
一僖 2018.1.28 
一僖 2018.1.28 

今日はカルチャースクールで出会ったお友達2人と一緒にランチ食事会です。今はクラスも変わって離れているのですが、また一緒のクラスになれたら嬉しいです。食事会は今回で3回目。忘年会のつもりでしたがそれぞれに予定が入り、1月末の遅めの新年会に落ち着きました。

「広東旬菜 一僖」は京都八坂神社から南へ徒歩5分、東山安井の交差点を東に入ってすぐです。店内はカウンター5席と、テーブル席3卓で、気軽に本格的なおいしさの広東料理を楽しめます。

前菜5種盛り
1 黒い竹籠に盛られた旬の5種前菜
シシャモの揚げ物、さつま芋のレモン煮、クラゲ?、タコ、ネギソースかけ鶏ササミ

フカヒレスープ
2 フカヒレスープ
貝柱、銀杏、クコの実、キンカハム、鱶鰭、蓮の実

カニ爪 トラフグ唐揚げ
3 海老入り蟹ツメのフライ、虎河豚の唐揚げ 
味付きですが塩をつけると一層美味しくなります。 
揚げ物は米油を使ってカラッと揚がり、油切れがいいので爽やかです。

ヒラメ
4 大きな切り身の天然ヒラメの下にはキャベツ、
新鮮な海の香りのアオサ海苔は鮮やかな緑色です。

柚子塩炒め
5 アオリイカ、海老、蓮根、シメジ、三度豆の柚子塩炒め

揚げ蕎麦あんかけ
6 大きな牡蠣と新鮮な九条ネギが入ったパリパリ揚げ蕎麦あんかけ
 
杏仁豆腐 ジャスミンティー
7 杏仁豆腐にココナッツミルクと苺   ジャスミンティー

一僖の広東料理は中華料理特有の油通しを極力避けていて、胃にもたれることもなく、いくらでも食べられます。中華料理ということを忘れるくらいさっぱりとヘルシーです。

一僖を後にして、花見小路の画廊・楽空間 祇をん小西に立ち寄りました。
「橋本和明―彫刻―」展を拝見。厳しい寒さの中に清々しく凜と展示されていて、真冬に似合う印象的な展覧会でした。

ベリーケーキベリーケーキ、ブレンドコーヒー
四条通りに出て、京Café comme ca で2次会。ベリーのタルトケーキとコーヒーを頂きながら、辺りがすっかり暗くなるまでおしゃべりが弾みます。日頃の雑事を忘れて羽を伸ばし、楽しい半日をご一緒でしてくださってありがとうございました。


02/02 18:19 | 日々
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