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八百一 2019.6.1
八百一 2019.6.1

今日は、京都文化博物館別館ホールで第2回 OLD AND NEWのコンサートを聴いた後、
すぐ近くの「京都八百一本館」の2階で夕食です。

東洞院通を三条通から南に下がったところにある商業施設「京都八百一本館」。1階が八百屋、魚屋、肉屋、総菜屋など。2階が雑貨屋、レストラン、食品など。3階が洋食レストラン、コーヒースタンド、農場です。今日は2階にある和食レストラン「きょうのおかず」で、女性3名・会席料理を予約してゆったり楽しい時間を過ごしました。清潔感ある明るい店内に、テーブル席とカウンター席とがあります。入口は、店内2階の奥にあるのでちょっとわかりにくいです。

先ず、富美菊酒造の初夏を感じるフルーティーな香りの「富山」。夏の純米吟醸酒でスタート。

CIMG0471.jpg 一品目 牛蒡の八幡巻き、瓜、人参、小芋

CIMG0472.jpg 2品目 鰹のタタキ

CIMG0474.jpg 3品目 茄子の素揚げ?

CIMG0475.jpg 4品目 鮭照り焼き、モロキュウ、トマト

5品目 天ぷら(小鮎、ブロッコリー他)(写真なし)

CIMG0477.jpg 6品目 酢の物(蓮根、小鯛、生姜)

CIMG0478.jpg 7品目 ジャコご飯、赤だし、香の物

CIMG0479.jpg 8品目 果物

京のおばんざい料理を中心に、お口一杯に頬張りたくなる料理を、アットホームなおもてなしで雰囲気の良いお食事処です。おなか一杯十二分に満足する分量を頂きました。

次回は3階で農園を眺めながらランチを頂きたくなりました。(三橋登美栄)


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06/10 18:06 | 日々
鎌刃城跡・竜宮山 2019.5.30
鎌刃城跡・竜宮山 2019.5.30
第483回「自然と語る会」(参加者15名)
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JR膳所駅7:37発→石山駅7:41着乗り換え7:48発→米原駅8:30着 湖国バス8:35発→番場8:41着→番場宿→鎌刃城跡登山口→鎌刃城跡10:10着→青龍滝→竜宮山頂上(540m)12:00着 昼食→八葉山頂上(601m)→西坂山頂上(530m)14:05着→地蔵峠14:40→登山口15:43着→アストラゼネカKK米原工場前から湖国バスに乗車→JR米原駅16:10着 16:17発→石山駅で乗換→膳所駅→帰宅17:30頃
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鎌刃城 (かまはじょう) はJR米原駅の東3kmあたりにある中山道・番場宿の南東の山上に位置し、古くから国人領主により整備されていた中世山城です。

CIMG0361.jpg スイカズラ

CIMG0365.jpg 鎌刃城大手口

CIMG0368.jpg アワブキ
本州から九州までの山地や林でもっとも普通に観察される樹木の一つ。稀に庭木として植栽されることもある。 晩春から初夏にかけて咲く白い花を泡に見立てて「アワブキ」と名付けられたという説と、燃やすと切り口から勢いよく泡が吹き出すために名付けられたという説がある。 秋には直径5ミリほどの球形の果実ができる。葉が緑色のうちから赤くなるのが特徴的。また、葉が透けて見えるような黄葉も美しい。 葉は大きめで、長さ20センチほどになる。裏面は毛で覆われ、側脈が隆起している。葉は蝶(アオバセセリ、スミナガシ等)の幼虫が好んで食べることで知られる。

CIMG0373.jpg ヤマゴボウ

CIMG0375.jpg ウリノキ

CIMG0378.jpg イソギク

CIMG0386.jpg 鎌刃城跡から伊吹山を望む

CIMG0387.jpg 鎌刃城跡

鎌刃城は戦国期になると北の浅井氏と南の六角氏の「境目の城」として攻防の地となりました。城主は地元国人の堀氏で、元々は浅井方に属していましたが、姉川合戦時に織田方に寝返りました。その後 堀氏は信長の怒りを買って追放され、その際に鎌刃城も廃城となったといいます。城の構造は主郭を中心に三方に伸びる尾根上に曲輪を位置し、畝状竪堀や堀切だけでなく、石積みを使った堅固な虎口等を築いています。織豊系以前の石積みの山城跡として貴重な遺跡です。調査により主郭虎口に大規模な石垣と石段が見つかり、大きな城だったことが想像できます。

CIMG0397.jpg 鎌刃城の石垣

CIMG0403.jpg 青龍滝

この滝は鎌刃城主郭よりも高い位置にあり、ここから導水路を築いて城まで水を引いていたそうです。川に栓をして水をあふれさせ、そのあふれた水をうまく溝〜木樋に落としこんで、城内までつなげたそうです。

CIMG0407.jpg クジャクシダ

CIMG0411.jpg ウノハナ

CIMG0421.jpg ジャケツイバラ

CIMG0422.jpg 竜宮山から琵琶湖を望む

CIMG0426.jpg ジエビネ

CIMG0447.jpg ヤマシャウヤク

CIMG0456.jpg マムシグサ

CIMG0465.jpg ネジキ

CIMG0467.jpg 緑の実が美しいサルトリイバラ

CIMG0462.jpg Astra Zeneca

アストラゼネカ株式会社米原工場(医療用医薬品の開発、製造および販売)前のバス停からタイミングよく来た湖国バスに乗車して米原駅に戻りました。


≪山蛭(ヤマビル)に咬まれました。初めてヤマビルに献血、怖かったです!!≫
突然、右脚内側辺りにチクッ、チクッ、と針が刺さるような痛みを感じてズボンの裾を捲り上げると、膝内側に半分膨らんだヤマビルがしっかり張り付いて血を吸っていました。気持ち悪くてゾクッ、ゾクッと寒気を感じましたが、素早く素手で剥がして捨てました。「あ~ッ、怖かった!!」と後からドキドキしました。蛭が咬むと血が止まらないのは、血液の凝固を阻害するヒルジンという成分を注入するからだそうです。帰宅後、すぐ入浴して傷口をきれいに洗って落ち着いてから、ビールをキューッと美味しく飲みました。血が止まった後は直径2ミリ程度の赤い跡が2か所。1週間もしないうちに色が薄く小さくなって目立ちにくくなり、完全に跡が消えるのは3週間以上かかるそうです。かゆみを感じる場合もあるようで、後遺症については個人差があるようです。ちなみに大西瑳代美さんは頸動脈をかまれて、首元に血が広がっていました。どうぞお大事に。これに懲りず、次回は比叡山(定光院)辺りの山歩きを楽しみにしている山女、いや山姥です。(三橋登美栄)


06/03 12:02 | 山歩き
group91/79/70展を終えて
group91/79/70展を終えて

2009年に大阪の番画廊で「group81」展がスタートし、2013年「group85」展まで5回開催。
そのgroupを引き継ぎ「group86/74/65」展に移行して、2014年からギャラリー揺で再スタートとなりました。当画廊で6回目、通算11回目になります。

CIMG0349.jpg 展覧会場

P5080001.jpg 林康夫「寓舎 格子戸」

P5080008.jpg 林康夫「寓舎‘18-S」

P5080009.jpg 林康夫「寓舎‘18-B」

P5080013.jpg 林康夫「寓舎‘19-A」

P5080016.jpg 林康夫「寓舎 廃屋」

昨秋、事故後7年にしてやっと福島に行きました。
常磐高速道では浪江町に着くまで次々と放射能測定値が電光掲示板に表示されていて緊張感を覚えた。第一原発から北に6~7kmの地点。現地は一見にしかず、荒涼とした中に点在する廃屋、(寓舎)ここにあった生活を思うと胸が詰まりました。私の寓舎のこれからは?(林康夫)

20194293.png 木村秀樹「Lattice on Grid 2」

P5080003.jpg 木村秀樹「Grid‘17-5-17(Ripples and Rainbow 4)」

P5080004.jpg 木村秀樹「Grid‘17-5-15(Ripples and Rainbow 3)」

「アクリル絵具のスキージング絵画」(Squeegeeing Acrylic on Canvas)のシリーズから出品します。皮膜の積層というシルクスクリーンの基本的生成様態を、強引に絵画にシフトさせる事で、未見の違和の発生を期待しつつ探っています。
 ブルーの下地に薄いミルク色が重なっています。ブルーとミルク色は夫々の主張を他とは無関係に繰り広げています。重ねられる事によって、主張は中和されたかに見えますが、決して溶解する事はありません。お互いが異者のまま共存し続ける様態を示しています。(木村秀樹)

CIMG0352.jpg 展覧会場

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右から林先生、木村先生、中馬先生

CIMG0353.jpg 展覧会場

P5080027.jpg 中馬泰文「CLIP/A」

P5140001.jpg 中馬泰文「CLIP/B」

P5080020.jpg 中馬泰文「CLIP/C」

P5080027.jpg 中馬泰文「CLIP/D」

P5080017.jpg 中馬泰文「CLIP/E」

お気に入りのコーヒー豆をネットで購入すると必ずクリップ一個が添付されてくる。机の上には数えられない程のクリップがあちこちに挟まれている。60年代、ハイレッドセンター(アートグループ)の大量のクリップを使ったオブジェやパフォーマンスを思い出す。
「クリップは、つかんで留め置くための器具。一定の状態で固定しておくこととそのものを目的としているもののほか、物に固定することを手段として一定の目的を果たす役割を持つものである。(ウィキペディア)」とある。(中馬泰文)


P5170010.jpg
右から中馬先生、木村先生、高橋先生、林先生

CIMG0357.jpg 林康夫「昼下がりの饒舌」

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京都新聞2019年5月18日朝刊(美術欄 催し)掲載記事

今年91歳の陶芸家林康夫と79歳の画家中馬泰文、70歳の版画家木村秀樹、それぞれジャンルの枠を超えて表現してきた3人のグループ展「group91/79/70」がギャラリー揺(京都市左京区銀閣寺前町)で開催中だ。 表面とその奥にあるレイヤー、皮膜越しのストロークの手跡を見せる「アクリル絵具のスキージング絵画」の木村、白を基調に静かなユーモアが広がる画面の中馬。驚くのは詩情漂う「寓舎」に取り組んできた最年長の林が、これまでと違う新作を発表していることだ。さびてゆがみのある建物の形の「浪江町の廃屋」だった。 林は東日本大震災のショックで制作途中で手が止まってしまった作品があった。昨秋、助手と車でその作品を福島県内の美術館へ届けて寄贈した。その際に常磐道で電光掲示板に次々と表示される放射能測定値に緊張し、荒涼とした中に見た点在する廃屋が胸を突いたという。この世の仮の宿という無常観がこめられる「寓舎」と「廃屋」が重なる風景は示唆的だ。19日まで。無料。(河村亮)

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group展を毎年開催して、今年で6年目になります。
一年が早く過ぎると感じるようになり、「もう6回目!」と驚いています。
実は一年が早いと感じる理由は心理学で説明できるそうです。心理学では「ジャネーの法則」といって「人は年を取ると体感時間を短く感じるようになる」という法則があります。どのくらい短くなるかというと、一説によれば「人が成人した時には人生の半分が終わってしまっている」とされるほどです。その上、脳の衰えが考えられます。適度に脳トレをしなければ脳年齢が下がりボケやすくなってしまいます。しかし「新しいことにチャレンジ!」することは脳機能を活性化し、認知症予防にもなります。
新しい作品に挑戦している作家の方々が若々しく見えるのは、内面=脳から若返っている証拠かもしれません。そして『新しいことへのチャレンジが時間を長くする』ようです。
次のgroup92/80/71展がすぐやって来たと感じないよう、新しいことにチャレンジして長い1年と思えるように心がけます。(揺 三橋登美栄)

05/20 20:47 | 展覧会
菩提寺山 2019.4.27
菩提寺山 2019.4.27
第481回「自然と語る会」(参加者11名)
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JR石山駅8:22発→JR野洲駅8:40着 滋賀バス9:00発→北山台西口9:20着→西應寺→和田神社→菩提禅寺9:30→菩提寺山登山口10:45→磨崖五輪塔11:10→菩提寺山南峰(340m)龍王社12:30(昼食)→菩提寺山頂上(353.3m)→北側に下山→登山口に帰着14:15 菩提寺まちづくりセンター→滋賀バス14:36発→JR野洲駅15:04発→JR膳所駅→帰宅
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菩提寺山は滋賀県湖南市にあり、近江富士(三上山)の南側に位置しています。奈良時代に山中に三十六坊もの堂坊を持つ少菩提寺があったことが山名の由来だといわれます。その寺院も織田信長の兵火に遭い、今は山麓に石仏や石垣などの面影を残すのみとなっています。

CIMG0301.jpg 湖南花の寺・西應寺山門

CIMG0276.jpg ウンナンハギ(雲南萩)
萩は秋咲き種が多いですが、ウンナンハギの開花期は5月。20数年前に参拝者が珍しい花だからと植えたのが始まりだそうです。その他の山野草も参拝者が植えたもので、手入れが行き届いた境内に可愛い花々が咲き乱れています。
 
CIMG0278.jpg CIMG0282.jpg
シロバナオキナグサ?     タツナミソウ     
CIMG0289.jpg CIMG0295.jpg
アメリカシキミ          セイヨウシャクナゲ

CIMG0307.jpg 登山口に建つ石造多宝塔

CIMG0311.jpg 閻魔像

CIMG0319.jpg  磨崖地蔵尊
大きな石に生い茂る草やツタを刈り取って姿を現したのが、このお地蔵さんだったそうです。

CIMG0324.jpg 磨崖五輪搭
この辺りは昔の焼き場と墓地。五輪搭は下から地輪、水輪、火輪、風鈴、空輪で構成されています。中世の武士のお墓のほとんどは「一石五輪搭」を建てたとされています。

CIMG0330.jpg  アオダモ

CIMG0338.jpg イワカガミ

CIMG0341.jpg 三上山遠望
「今日の目的地は三上山の隣の山で、そんなに高くないが少し急登」と聞いて参加しました。
それがなんと登りも下りもかなり険しい登山道が長く続きました。短い脚を伸ばしても足りないくらいの段差をよじ登り、時に息が上がってゼーッゼーッ。下山道では腰を下ろして大きな岩を滑り下りました。誰もケガもせずに無事に下山すると、先ほどの苦労はすべて忘れて、登山する前よりも元気になっているのが不思議です。今日もご案内くださってありがとうございました。(三橋登美栄)
04/30 15:02 | 山歩き
新島襄之墓 2019.4.15
新島襄之墓 2019.4.15

京都市左京区鹿ケ谷若王子山町に同志社墓地があります。創立者新島襄をはじめ、妻新島八重や山本覚馬、徳富猪一郎、同志社関係の宣教師たちが眠っています。

16歳年上の姉・馬杉一重は1957年に同志社女子大学に入学。1961年卒業以降、母校に就職。1996年に定年退職するまで家政学科で後進の指導に当たりながら、宗教主任も兼任していたそうです。
姉から新島襄之墓のお参りに行ってきた、と何度か聞いていましたが、私は訪れたことはありません。姉が2019年3月10日に天に召され、2020年5月に同志社共葬墓に姉の納骨を御許可頂いたのをご縁に、「新島襄之墓」のお参りに行きたくなりました。

今日はお天気も上々。明るい午前中を選んで南禅寺・真如堂前から歩き始めました。

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若王子神社の横に立てられた「女性の一人歩きはやめましょう」の看板を横目に見ながら、奥に「新島襄・八重の墓」の看板が見える所を右折して山道に入ります。

 
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少し肌寒く感じる木漏れ日の中、ウグイスの鳴き声を聴きながら石段の山道を登り始めます。所々に案内標識が立っているので迷う心配はありません。

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熊野若王子神社の墓地を左手に見ながらさらに坂道を登ります。

 
CIMG0230.jpg
優しいミツバツツジの花々に心が和みます。

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この辺りは京都市営若王子墓地で、あちこちに墓石が立ち並んでいる所を通り抜けてさらに進みます。
 
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若王子神社から約30分で同志社墓地に到着。正面に新島襄之墓があります。
新島襄は天保14年(1843)に安中藩の武士の長男として生まれ、21歳でアメリカへ渡ります。明治7年(1874)にキリスト教の宣教師として帰国。明治8年(1875)に、現在の同志社大学の前身となる同志社英学校を設立します。しかし明治23年(1890)、大学設立のために奔走していた彼は滞在先で倒れ、神奈川県大磯で息を引き取ります。享年46歳。彼の遺体は、彼の父親が眠る南禅寺の墓所に埋葬するはずでしたが、キリスト教徒であることから、若王子山の京都市の共同墓地に埋葬されます。その後、墓所の一角は「同志社墓地」となり、同志社大学ゆかりの人たちと共に安らかに眠っています。
 
CIMG0237.jpg 同志社墓地
山道では誰にも出会わずに同志社墓地に到着。70代ご夫婦に出会ってほっとしました。
 
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同志社墓地の一角にある同志社共葬墓
同志社関係者の希望に応えて、1973年に設けられました。現在170名余の埋葬者氏名が刻印されています。主な埋葬者は次の通りです。秦孝治郎(1890-1972)同志社理事長。 大塚節治(1887-1997)第13代同志社総長、同志社大学長。 住谷悦治(1895-1987)第14代同志社総長。 上野直蔵(1900-1984)第15代同志社総長・理事長。同志社大学長。 齋藤亥三雄(1905-1996)同志社理事長。

クリスチャンの姉は、同志社墓地に永眠することを希望していましたので喜んでいることと思います。 
「この生命は 人の光なり(マタイ 一の四)」 アーメン。

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帰り道は、南禅寺を通って蹴上まで新緑の中を歩きました。
 
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花吹雪に葉桜が美しいです。季節の移り変わりに驚くばかりです。


04/16 11:29 | 日々
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